■春季企画展 ひめゆり 平和への祈り [沖縄戦から65年] ■夏季展 あの世への想い −日本人はどのように埋葬されてきたか− ■秋季企画展 東の牛伏寺 西の若澤寺 ―古代に創建された松本平の二つの寺院− ■冬季展 信州の歴史遺産W ー長野県宝と歴史館のお宝ー
■ 開催期間
受講料 : 200円(企画展観覧料を含む)
@ 6月5日(土) 午後1時30分〜 「『無言館』のこと ー戦没画学生が伝えるものー」 講師 : 無言館館主 窪島誠一郎 氏
A 6月19日(土) 午後1時30分〜 「日本赤十字社の創設と元救護看護婦の証言」 講師 : 元赤十字看護大学司書 吉川龍子 氏 元日本赤十字社救護看護婦
B 7月3日(土) 午後1時30分〜 7月4日(日) 午後1時30分〜 「元ひめゆり学徒の証言」 講師 : ひめゆり平和祈念資料館副館長 島袋淑子 氏
1945年3月23日深夜、沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校の生徒222人、教師18人は、那覇市の南東5kmにある南風原の沖縄陸軍病院に配属されました。これが「ひめゆり部隊」のはじまりです。3月26日、米軍は慶良間列島に進攻、4月11日には沖縄本島中部西海岸に上陸しました。それにより学徒たちは送られてくる負傷兵の看護や水くみ、飯上げ、死体埋葬におわれるなど、戦争の渦に巻き込まれていきました。6月18日、悲劇が彼女たちを待っていました。それは突然の「解散命令」です。絶望した彼女たちは米軍から逃げまどい、ある者は砲弾で、また、ある者は自らの手榴弾で命を失いました。結局、陸軍病院に動員された240人中136人、在地部隊その他で90人が亡くなり、6月23日に沖縄戦が終了しました。 2010年、戦争を知らない世代が人口の過半数を超えるなか、当時のことを知る者も年々減り続けています。あれから65年を迎え、ひめゆりの乙女たちが残した戦争の事実を多くの方に紹介します。
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