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森山汀川蔵 島木赤彦追悼短歌

資料No(記号) 諏訪〔3〕/3-28
説明(解題) 本目録に収録したのは、2017(平成29)年度に上條信彦氏より追加寄託を受けた収集史資料群のうち、歌人森山汀川の蔵となる久保田俊彦(島木赤彦)追悼詠歌110点余りを掲載する。
 旧蔵者の森山汀川は大正・昭和初期に活躍した歌人である。森山は1880(明治13)年諏訪郡落合村(富士見町)に生まれた。本名は藤一で、旧制諏訪中学時代より俳句を始め、21歳の折に正岡子規の門下となった。県下小学校教師となり、島木赤彦とともに結社「氷むろ」(のち「比牟呂」)を立ち上げ、短歌に専念した。1908(明治41)年、「比牟呂」は「アララギ」と合併する。森山は「アララギ」選者、「信毎歌壇」選者となった。歌集「岐路」「雲垣」「樹雫」がある。1946(昭和21)年没。
 本史料群は島木赤彦が1926(大正15)年に没したあと、13回忌にあたる1937(昭和12)年に挙行された「久保田俊彦先生追悼謝恩会」に関わる資料である。この行事はアララギ派歌人ゆかりの富士見野公園(富士見町)に追悼歌碑を建立することが発議され、昭和12年10月24日に信濃教育会・諏訪教育会と合同で挙行されたものである。この主要事業の一つが、恩師であり同人でもある島木赤彦を偲ぶ短歌を募集することであった。そしてこの選者が森山であったのである。
 投句者別で最も多いのが諏訪地域である。史料1番はこの時の報告書であるが、北は北海道はいうまでもなく樺太、南は南洋諸島・南米、大陸には中国・満州、朝鮮、台湾からと幅広い地域の賛同者があったことがわかる。また県内小学校教員の投句も目立っている。 投句内容はここでは深くは触れないが、時局を反映した短歌がことのほか目に付く。とくに同年7月の日中開戦直後でもあることから、「馬廠陥落」「石家荘占拠」といった戦争関連の題が多い。また銃後を守る女性や子供に目を向けたものも目に付く。投句者である堀田皆作の「私十七日の五時頃に徴発馬をつれ上諏訪につき十八日は駅にて徴発馬を汽車につみ今朝発十九日の午後九時金沢に馬ともろとも行くので有ります。馬と別れるでさへかなしく息つある感がします」という文章は当時の世相を伝える一文である。
 写実的なアララギ派の特徴として、日常の生活を省察した作品があげられるが、生活密着的な歌風は戦争体制へと市井の人びとが飲み込まれているなかで、題材も変容していったことがうかがえ、これだけまとまった本史料群は文化史的にも面白いものといえよう。

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