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更級郡塩崎村長谷組文書(上條信彦氏収集)

資料No(記号) 更埴〔7〕/7-50
説明(解題) 本目録は、2017(平成29)年度に上條信彦氏より寄託を受けた収集史資料群のうち、表記文書21件を掲載する。
 近世塩崎村の支配は上田藩領、幕府領、旗本領、幕府領と転変し、最後は中之条陣屋松平氏領として維新を迎える。塩崎村は2,450石の大村で、貞享3(1686)年10組、宝暦頃には11組で下部村が成立していた。長谷組はそのうちの一か村にあたる。また塩崎村の庄屋は2名であったが、文化8(1811)年には3人(長谷組・中郷・北郷)の庄屋が併置されており、このうち長谷組は兵太(風間氏)が代々庄屋を務めた。
 本史料群の内容を大別すると、第一に近世後期の地方文書とくに支配文書の書留(法令写)が竪帳で残っている。また弘化2・3(1845・46)年の「御用日記」は、庄屋・組頭・百姓代が揃って正月から塩崎代官所へ年始参にうかがうことから始まる村方日記であり、年中行事など村の様子をうかがえる貴重な史料といえる。
 貴重な文書としては、7-50-7「鉄炮御改帳扣(差上申猪威鉄炮証文之事)」がある。宝暦9(1759)年長谷組には22名の鉄炮所持者があったこと、持主と玉目(玉の重さ)を書き上げ、それらを村役人が管理していたことが分かる。鉄炮の使用目的については「猪威之外何ニ而も少も悪事仕間鋪候」、「御法度之鶴・白鳥堅打間鋪候」とあくまでも猪威以外の目的での使用を厳禁している。他人・親類はいうまでもなく「縁者・好身之者たりといふ共暫茂貸申間鋪候」などと持主以外への貸与も戒められていた。このように松本藩領内の村々の鉄炮改を研究した塚本学信州大学教授(故人)が指摘したように、村々での鉄炮所持数が藩で所有する武装用兵器としての鉄炮の数を上回るという指摘を裏付けるものといえる(『生類をめぐる政治』平凡社)。農作物を荒らす猪や鹿などを威嚇するための重要な「農具」として鉄炮が許可されていたのである。鳥獣と人間との関係を示す事例としても興味深いといえる。
 第2の特徴は、明治期の筆耕冊子で、歴史編纂に関わる下書や浄書類と思しきものが散見される。使用された罫紙は、雨宮尋常高等小学校や日本赤十字長野支部、更級郡役所のものであることから、この関係者の筆写と見てよいだろう。
 いまのところ本文書群の所持者(伝来)については、宛所にある庄屋風間氏、あるいは長谷村宮崎氏の可能性があるが、ここでは判断を留保したい。

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