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筑摩郡図、潮山中・小立野・上生野村文書

資料No(記号) 安筑〔5〕/5-14
説明(解題) 本目録に収録した「筑摩郡図、潮山中・小立野・上生野村文書」は、長野県立歴史館が平成13年(2001)に購入した資料である。潮山中・小立野・上生野三村の史料が混然としており、各村の村役人の名が互いに宛所・差出に見られるため、どの村に伝来した文書か特定しにくいが、総体として上生野村がその中心にある様相を示している。
三つの村はいずれも犀川の右岸に位置し、北から小立野村・上生野村・潮山中村の順に隣り合って並んでいる。現在は、小立野村が東筑摩郡生坂村に、上生野村・潮山中村は安曇野市(旧明科町)に属している。潮山中村は、天正検地の際は潮村に含まれていたが享保9年(1724)には独立し、潮沢川右岸にあたる南向き斜面に広がる。上生野村は潮山中村の北隣に位置し、犀川右岸の段丘上に広がっている。天正検地の際に日岐郷から分かれた村で寛永19年(1642)の村高は48石余である。小立野村も日岐郷から分かれた村で、犀川右岸の段丘上の平坦地から天神沢の谷全体に広がる。寛永3年には独立したものとみられ、寛永19年(1642)の村高は63石余である。
それ以後の村高をみると、享保9年(1724)には、小野立村が136石余、上生野村が86石余、潮山中村が88石余で、山間地の比較的小規模な村といえる。「天保郷帳」による村高は、それぞれ159石余、89石余、146石余である。
史料の年代は寛政2年(1790)から昭和7年(1932)におよび、近代の史料が多い。養蚕に関する史料や、地籍調査に関連するとみられる江戸末期からの絵図群が注目され、史料名の「筑摩郡図」はこれらの史料群を指している。
当館所蔵の関連文書として、筑摩郡潮村文書(5-4/本書所収)がある。

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