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伊那郡山村水害等絵図

資料No(記号) 伊那〔4〕/4-12
巻(資料点数)7
説明(解題) 本目録に収録した伊那郡山村水害等絵図は、長野県立歴史館が平成15年(2003)に購入したものである。
 伊那郡山村は、天竜川の支流飯田松川の右岸に位置する村である。「天保郷帳」による村高は、1,464石であった。近世ごく一時期を除いて飯田藩領であった。寛文12年(1672)以降、村内は上山村(上の平)と下山村(下の平)にわかれ、それぞれ1名の庄屋がおかれた。北沢家は上山村の庄屋役をつとめた。松川の対岸に飯田城下があり、村内の茶屋
町は飯田城下の愛宕から在郷町として発展した。明治維新後は、近隣の名古熊村と一色村と合併し鼎村となり、昭和29年町制をしき、昭和59年、飯田市と合併し飯田市の一部となった。
 本史料は、山村の庄屋家に伝来してきたものと考えられる。本館には、山村の庄屋文書として北沢家の文書が所蔵されている。しかし本史料の出所が北沢家であるか判明しないため別番号とした。
 本史料は、3舗の図面からなるが、うち2舗は、慶応期(1865~68)の松川の水害による田畑の被害状況をあらわしたものである。北沢家文書の中でこれらの水害に関連すると考えられる史料には1-46「慶応二年八月 山村野口藤七下寅当流場所願帳」1-552「明治二年二月 山村野口藤六下畑直し之場所取調書上帳」などがある。残り1舗は下伊那の助郷村の絵図である。本文書を利用される際には、北沢家文書も合わせて参照していただきたい。

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