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中川元資料

資料No(記号) 伊那〔4〕/4-14
巻(資料点数)7
説明(解題) 本目録に収録した中川元資料は、長野県立歴史館に平成15年(2003)に寄贈された文書と歴史資料である。
 中川元は、嘉永4年(1852)飯田藩士の子として生まれ、明治3年(1870)上京し大学南校次いで裁判官の養成を目的とした明法寮で学んだ。明治7年6月文部省に出仕、東京外国語学校勤務後、明治11年から4年間、師範学校取調のためフランスヘ留学した。その後文部大臣秘書官、文部省視学官などをつとめた。続いて明治24年10月第四高等学校長(金沢市)、明治26年第五高等学校長(熊本市)、明治33年第二高等学校長(仙台市)、明治44年仙台高等工業学校長となり、翌年高等工業学校が廃校となるとともに退職した。大正2年(1913)9月死去。中川元は第五高等学校長時代、夏目金之助(款石)を松山中学から五高へ転任させたり、淑石の英国留学の道筋をつけたりしている。
 本文書は、大きく①飯田藩士中川家伝来文書、②中川元関係資料の2つに分けられる。
 ①飯田藩士中川家伝来文書は、中川家歴代の当主が藩主より頂戴した知行目録が多くを  占める。その中で寛文4年(1664)の知行目録は、鳥山藩主時代の堀氏が地方知行で  あったことをしめすものである。また、紀伊徳川家当主時代の徳川吉宗から飯田藩主  への年賀の挨拶状(藩主よりの拝領品)もみられる。
 ②中川元関係資料は、主にフランス留学関係資料(辞令、メモなど)や各高等学枚長時  代の資料、中川家関係の資料からなる。教育に関わる原稿(草稿)も残されており中  川元の教育思想がわかる資料である。
 なお、本館には、これとは別に展示資料として明治11年パリ万博の記念メダルが寄託されている(展示資料)。

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