歴史館ブログ-歴史館ブログ

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失われた鉄路をたどる3  トンネルを覗いてみる

イベント

 橋台・橋脚は意外と残っていて、見つかると嬉しいものです。しかし、もっと確実に残っているのがトンネル(隧道)です。一度掘り抜いてしまえば、大崩落でもない限り痕跡を消すことが難しいからです。ただし、使われていない廃トンネルは危険ですので絶対に入らないでください。また、他の廃線施設もそうですが、個人や団体の所有地・管理地になっているので、勝手に敷地に立ち入らないようお願いします。ということで、ご紹介するのは、現在も生活道路に利用されている旧信越線の旧戸草トンネル(信濃町)、遊歩道になっている旧信越線の横川−熊ノ平間のトンネル群です。このシリーズ初回に写真を掲載した旧篠ノ井線も、明科(安曇野市)側は遊歩道として散策が可能です。
 1888(明治21)年、県内で一番早く、直江津-長野間に官設の鉄路が敷かれました。難工事が予想された碓氷峠への資材運搬線の目的も担っていました。1887(明治20)年に完成した旧戸草トンネルは、現在、しなの鉄道北しなの線「古間駅」の南、歩いていける地点にあります。車1台が通れる程度の小ぢんまりとした大きさ、古びた切石と煉瓦でできたトンネルは、鉄道での現役生活を終え、第2の人生を生活道路として地元の人たちとのんびり過ごしている、といった感じです。
 碓氷峠のトンネル群は、安中市の10ヶ所が遊歩道になっており、違いを比べながら歩く楽しみがあります。有名なめがね橋(第3橋梁)から峠側は、「お金はないけど、とにかく一日も早く仕上げろ!」といった強い指示が聞こえてきそうです(あくまで私の感想です)。難工事を担う現場担当者や職人を苦しめた雰囲気が伝わって来ます。例えば、開口部の造りが横川駅に近いトンネルに比べて簡素だったり、排土と掘削の時間をかせぐためトンネル中央付近に横坑を掘っていたり、1つのトンネルだったのを中央の尾根を削って短い2つのトンネルにしたり・・・と、工事終盤は大変な騒ぎだったようです。

失われた鉄路をたどる3  トンネルを覗いてみる
旧戸草トンネル(信濃町)
失われた鉄路をたどる3  トンネルを覗いてみる
旧碓氷第7トンネル(安中市)
[ 2016-06-07 ]

金属メス vs 黒曜石ナイフ

お知らせ

 近年、シカ・イノシシなどよる農作物被害や、またクマによる人身被害が大きな問題になっています。長野県環境保全研究所では、その対策としてシカ・クマなどの生態調査、保護管理計画にともなうモニタリング調査を行っています。具体的には害獣駆除されたシカ・クマなどを解剖して、毛や脂肪などから何を食べていたか、DNA分析で出自を、歯にみられる縞から成長の具合などを調べるそうです。
 ところが脂肪の多い野生動物は金属のメスがすぐにだめになってしまうようです。そこで金属メスに代わる新たなメスの候補としてあがったのが、旧石器・縄文人が用いた黒曜石製のナイフでした。
 6月2日(木)午後、研究所の方が当館の中庭で解剖を試みました。その結果なんと黒曜石のナイフの方がはるかに使い勝手がよく、ふつう金属メスだと2~3本をだめにするクマの頭部の解体を黒曜石ナイフ1本で、いとも簡単に行うことができました。
 黒曜石の石器は金属器の出現によって衰退します。ただ、すべて金属が勝っていたようではなさそうです。脂肪の付着は黒曜石の方が少ないようで、長く切れ味を保ちました。  旧石器・縄文時代の黒曜石製ナイフは動物解体には最強の道具だったようです。
 クマは小谷村で捕獲されたものだそうです。当日、偶然にも白馬村の小学生がこの解体を見学しました。このクマの分析調査を進めてもらい、人間とクマが将来うまく棲み分けできるようになるといいですね。

金属メス vs 黒曜石ナイフ
黒曜石ナイフを使った解体の様子
[ 2016-06-04 ]

中学生の職場体験学習

イベント

 長野県立歴史館では、毎年10校前後の職場体験学習を受け入れています。

 平成28年度の職場体験学習の第1弾が、5月31日、6月1日の両日行われました。
 長野市内の中学生3名が来館し、当館各課の仕事を体験しました。
 体験を通して、「昔の貴重な資料(古文書)が見られてうれしかった。資料を保存するのも仕事の一つだとわかった」「土器、石器、人骨などを決まった場所に整理し、それを使えるようにしておくことの大切さを知った」「お客さんと接する仕事では、たくさんの人に声を掛け、挨拶やお礼をしていた」など、多くの気づきを得たようです。

 閲覧室の整理作業では、根気よく書籍を運んでいる姿が見られるなど、粘り強く丁寧に作業できる意欲的な3名でした。(写真は、古文書を検索している様子です。作業に先立ち、データベースを用いて資料が系統的に保存されていることを学びました。)
 2日間という限られた時間内での体験でしたが、今後の学校生活に少しでも役立つことがあればと思います。

*

 当館では、中学生、高校生、大学生を中心に、職場体験学習を随時受け入れています。
 1日の受け入れ人数(上限)を定め、原則として先着順でお受けしていますので、ご希望の際は早めにご相談ください。

中学生の職場体験学習
[ 2016-06-02 ]

失われた鉄路をたどる2 跡地利用しにくい場所を見る

イベント

 地面に残されたわずかな痕跡から歴史を復元するのが考古学ですが、“鉄道考古学”を掲げる人には、大きく3タイプあるようです。
 1つは、愛読書が『時刻表』、現役の鉄道は乗りつくしてしまい廃線を歩くようになった宮脇俊三さんタイプです。国鉄(現JR)の完乗記念に1978年『時刻表2万キロ』を刊行。約十年後には、廃線歩きの中で「鉄道考古学」を語っています(1989年『失われた鉄道を求めて』)。
 2つめは、土木や工学・機械系の研究者で、近代化産業遺産研究の一部として「鉄道考古学」を掲げている人々です。元祖「考古学」のお得意は発掘ですが、こちらは残存している橋やトンネル、あるいは機械モノの調査を主にしているようです。
 そして、3つめは、元々、縄文や弥生時代の遺跡を掘っていたのに、たまたま鉄道遺構を掘ることになったタイプです(最近は積極的に近代の遺跡に取り組む人も)。私が学生の頃、近世・近代は「後世の攪乱」だから「飛ばしてしまえ」(調査せずスコップで掘り飛ばす)と言われたものでした。しかし現在、日本で鉄道が開通してから140年以上経過していることを考えると、発掘調査の対象となるのも当然と言えば当然です。
 廃線を「考古学する」難しさは、廃線の時期が新しい点です。いわゆるスクラップ&ビルド時代のため、壊して効率よく跡地利用されてしまい、あまり痕跡を残さないからです。しかし、老眼が進もうとも考古学徒の目を見くびってはいけません。まずは、「後世の攪乱」を受けにくい場所に着目してみましょう。例えば縄文の遺跡でも、利用しやすい場所は後の時代に手を加えられてしまい、縄文時代の遺構は壊れています。だから、なるべく跡地利用のしづらそうな地点に目を向けてみます。廃線なら河川の斜面なんか・・・、と!!!、橋台が残っているではありませんか。後の護岸工事で新しいコンクリートが被さりながらも、しぶとく残っている例などは「邪険にされながら、よくぞ残っていてくれた」と感動モノです。

失われた鉄路をたどる2 跡地利用しにくい場所を見る
上田交通旧真田傍陽線には数ヶ所で橋台が残っています。(上田城の北で矢出沢川を渡る)
失われた鉄路をたどる2 跡地利用しにくい場所を見る
布引鉄道の煙突のような橋台と崩れ落ちた残骸(千曲川をわたり布引観音方面へ)
[ 2016-05-17 ]

バックヤード探検 〜学校見学の様子から〜

お知らせ

長野県立歴史館では、毎年、県内外から200校以上の学校見学を受け入れています。学校見学に来る子どもたちや先生方から好評なのが、通常では公開していない歴史館の裏側を見ることができる「バックヤード探検」です。
館内に展示されている展示物は、本館の収蔵物のほんの一部です。普段見ることが出来ない貴重な遺物を間近に見ることができ、子どもたちも目を輝かせて見入っています。書籍や写真からの情報ではなく、本物がもつ力強さを感じます。バックヤード探検は、対応できる人数・時間に限りがありますので、残念ながら希望に添えない場合もございます。希望される学校・団体は、早めに申込をお願いします。なお、8月に実施する「歴史館で夏休み」では、一般の皆様にもバックヤード探検をしていただけます。詳細は後日お知らせいたします。

バックヤード探検 〜学校見学の様子から〜
約3500年前の縄文人と対面
バックヤード探検 〜学校見学の様子から〜
縄文土器と弥生土器の違いを体感
[ 2016-05-13 ]

長野県内外から多くの学校見学を受け入れています。

お知らせ

当館の大切なお客様として、「小学生・中学生」の皆さんがいらっしゃいます。
春から秋にかけて、県内外の多くの学校見学を受け入れており、館内展示を見学していただいています。
本日も多くの学校見学のみなさんにお越しいただきました。
学校見学のお客様がいらっしゃると、歴史館に活気がみなぎってくるように感じます。児童・生徒の皆さんが、当館の展示を見たり、解説員の説明を聞いたりする中で、「わー」とか「へー」などという反応を示して見学してくださることが、我々歴史館の職員の大きな喜びとなっています。
今年度も、「学校見学」でご来館いただいた皆さまにご満足いただけるように、精一杯頑張りたいと思います。
そして、児童・生徒の皆さんが、次回は、お家の方と一緒に来たいなあと思っていただき、実際にお越し頂ければ幸いです。じっくり見て、体験していただける展示がたくさんあります。
「学校見学」に限らず、多くのお客様のご来館をお待ちしております。

長野県内外から多くの学校見学を受け入れています。
学校見学の様子1
長野県内外から多くの学校見学を受け入れています。
学校見学の様子2
[ 2016-05-11 ]

失われた鉄路をたどる1 “歴史”の仲間入りをした廃線

イベント

 夏期企画展「夢をのせた信州の鉄道-失われた鉄路の軌跡-」を前に、県内の廃線を歩いています。今や、廃線歩き(歩鉄)のガイドブックやネット情報は多々あり、市民権を得た観があります。旧碓氷線(信越線)や篠ノ井線の旧線跡では、遊歩道や案内板などが整備され、“鉄ちゃん”ではないハイキング客・観光客がたくさん訪れています。
 あたり前のことですが、特別な事情がない限り、鉄道会社の職員でもない我々が鉄路を“歩く”わけにはいきません。廃線でなくてはなりません。しかも、マニアでもない人々が訪れるということは、廃線に「・・・兵どもが夢の跡」といった歴史に裏打ちされた感傷や郷愁を感じてのことでしょう(単に歩きに来た人も?)。つい昨日のことだと思っていた事件(廃線決定日)が、“歴史”になりつつあるのでしょう。わが歴史館が目をつけるのもそのあたりです。
 廃線が“歴史”の仲間入りをはじめたのはいつ頃でしょうか。きっかけの一つは1983年堀淳一『消えた鉄道 レール跡の詩』の刊行でしょう。「風土と歴史をあるく」シリーズの1冊で、続刊を見ると『山の辺の道』『鎌倉街道』『熊野古道』といった蒼々たる「歴史の道」がラインナップされています。鉄道関係の専門書や雑誌ではなく、歴史書の1巻に入ったのです。県内では、2014年に再版された小林宇一郎・小西淳一監修『信州の鉄道物語(上)消え去った鉄道編』の初版が1987年です。
 近代日本の大動脈となった鉄道、その役割を道路・自動車に譲りつつ廃線が増加したのが1960年代以降とすると、「夏草や近代日本の夢の跡」として、廃線が歴史に加わったのが1980年代以降のようです。
 次回からは、失われた鉄路の現地をたどっていきたいと思います。

失われた鉄路をたどる1 “歴史”の仲間入りをした廃線
旧篠ノ井線漆久保トンネル(安曇野市)
失われた鉄路をたどる1 “歴史”の仲間入りをした廃線
トンネル説明板わきのスタンプ
[ 2016-05-08 ]

「歴史館でこどもの日」を開催しました。

イベント

ゴールデンウィーク中の5月4日(水)、5日(木)の2日間、特別企画「歴史館でこどもの日」を開催しました。
2日間の期間中、大勢の親子連れの皆さんが歴史館を訪れ、体験を通し、楽しく歴史を学ぶことができたようです。「石のアクセサリーづくり」に参加された方は、ていねいに石をけずり、世界でひとつだけのオリジナルのアクセサリーを仕上げていました。「縄文人になって遊ぼう」のコーナーでは、当時の服装で、縄文人になりきっているほほえましいご家族がいらっしゃいました。また、長野県埋蔵文化財センターの方にご協力いただいた「土器洗いにチャレンジ」のコーナーでは、実際に県内の遺跡から出土した土器にふれる貴重な体験ができました。
こういったイベントを通して、さらに、歴史に関心をもっていただければと考えております。夏休みにも同様の企画を計画しておりますので、ご期待下さい。

「歴史館でこどもの日」を開催しました。
縄文人になって遊ぼう
「歴史館でこどもの日」を開催しました。
土器洗いにチャレンジ
[ 2016-05-07 ]

ゴールデンウィークは長野県立歴史館へ! 歴史館でこどもの日 5月4日、5日

イベント

ゴールデンウィークの予定はお決まりでしょうか?長野県立歴史館では、GW特別企画「歴史館でこどもの日」を今年度も開催いたします。期日は、5月4日(水)、5日(木)の2日間です。実施するイベントは次の通りです。
○石のアクセサリーづくり(石をけずって世界で一つだけのアクセサリーをつくります)
○バックヤード探検〈拡大版〉(普段は入ることのできない博物館の裏側に招待します)
○縄文人になって遊ぼう!(本物の土器をもったり、縄文人の服を着てみたりします)
○土器洗いにチャレンジ!(遺跡から出てきた本物の土器を洗います。気分は考古学者!?)
開催日時・費用等は、下の「歴史館でこどもの日」チラシをクリックしてご確認下さい。
イベント以外にも、歴史館では、当時の人々の暮らしをイメージしながら長野県の歴史を楽しく学べる常設展示、長野県の最新の出土品がご覧いただける「平成28年度巡回展 長野県の遺跡発掘2016」もお楽しみいただけます。ゴールデンウィークはぜひ長野県立歴史館へお越し下さい。皆様のご来館をお待ちしております。

ホームページ改修のため、しばらく歴史館ブログの更新が止まっており、大変ご迷惑おかけいたしました。今後は適宜、長野県立歴史館の様子を紹介していきますので、ホームページ、フェイスブックとともにご覧ください。

ゴールデンウィークは長野県立歴史館へ! 歴史館でこどもの日 5月4日、5日
昨年の「歴史館でこどもの日」の様子
[ 2016-04-27 ]

解説ボランティアによる常設展「日曜解説」開催中!

お知らせ

3月までの毎週日曜日、当館解説ボランティアによる常設展の展示解説を行っています。およそ50分のコースで、常設展を一緒に回りながら4万年の信濃の歴史を「楽しく」「わかりやすく」ご案内します。時間は、午前10時〜、11時〜、午後1時30分〜、2時30分〜の4回です。
事前の申込みは必要ありません。ご家族でもお一人様でも受け付けています。解説料金は無料ですが、大人の方は観覧料が必要です。高校生以下のお子様は観覧料が「無料」です。
ぜひご家族やお友達と気軽に歴史館に遊びにきませんか?「歴史との対話」「ボランティアとの対話」を楽しみながら、新しい発見に心躍るかもしれません。
下の写真は、解説ボランティアさんと一緒に展示を見学したご家族の様子です。ご案内した子どもたちは、近世農家内のネズミやヘビ、馬と人間との関わりに驚いていたようです。様々な展示資料の説明を受けながら、興味をもってご見学されていました。皆さんのご来館をお待ちしています!

解説ボランティアによる常設展「日曜解説」開催中!
解説ボランティアさんと一緒に常設展を楽しく見学中!
[ 2016-01-30 ]

当館調査の「校歌に詠まれた信州の山々」が2016信毎カレンダーになりました!

お知らせ

当館の平成25年度夏季展「山とともに生きる」に際して、県内小中高等学校にアンケート調査した「校歌にうたわれた信州の山々」が、来年度の信毎カレンダーになりました。
12月に入り、お近くの信毎販売店経由で配布されています。東北中南信の4地区別の校歌アンケート結果のグラフを見ると、長野県内の多くの学校で地元の山々や信州の名峰が校歌にうたわれていることがわかります。みなさんも、この機会にご自分の出身校の校歌を口ずさんでみてはいかがですか。
詳細な結果と各地区分析は、当館常設展示室に続く廊下にも掲示しています。ご来館の際にご覧いただければと思います。

当館調査の「校歌に詠まれた信州の山々」が2016信毎カレンダーになりました!
2016年信毎カレンダー
当館調査の「校歌に詠まれた信州の山々」が2016信毎カレンダーになりました!
校歌に詠まれた信州の山々
[ 2015-12-18 ]

歴史館に真田氏甲冑(イメージ)を展示中

お知らせ

来年のNHK大河ドラマ「真田丸」で、真田信繁(幸村)が取り上げられるということで、当館でも来月11月より常設展示室に「真田氏特別展示」コーナーを設け、5期に分けて真田氏に関する貴重な資料を展示する予定です。
その第1期は「真田氏登場」という小テーマで、「松尾城址絵図」「一徳斎殿御事蹟稿」などを展示します。詳細は、後日ホームページでも取り上げる予定です。
また、今週から歴史館エントランス入口両脇に、屋代南高校甲冑隊の生徒さんによる手作りの2体の甲冑を展示しています。正面玄関に向かって右側の甲冑が、真田幸隆所用 州浜紋(すはまもん)兜・黒漆胴(イメージ)です。そして、左側の甲冑が、真田昌幸所用 昇梯子紋二枚仏胴具足(のぼりばしごもんにまいほとけどうぐそく)です。
いずれの甲冑も屋代南高校の生徒さんが、数ヶ月をかけて放課後や夏休み等を使って熱心に制作した大作です。
県立歴史館にお越しの際には、エントランスにも足を止めて2体の甲冑をご鑑賞いただければ嬉しいです。秋季企画展「樹木と人の交渉史」も好評開催中です。ぜひ、お誘い合わせの上、ご家族やご友人とお気軽にお出かけください。

歴史館に真田氏甲冑(イメージ)を展示中
真田信繁(幸村)公 所用 鹿角脇立兜・赤備鎧(イメージ) 常設展示室 近世(真田氏特別展示)に展示中
歴史館に真田氏甲冑(イメージ)を展示中
真田幸隆所用 州浜紋兜(すはまもんかぶと)イメージ制作
[ 2015-10-27 ]

木器保存処理室より17

イベント

槻木(つきのき)の話

 皆さんはどうやって涼をとっているでしょうか。こんな時、大きく枝を張った大木があると、ホッとひと息できます。「大木を伐り倒して使う」などといった発想があまりなかったと思われる旧石器時代、大木の下は、暑さ寒さを防ぎ、外敵から身を守り、木の実などの食べ物もある最高の場所だったと思われます。
また、農業が盛んになり「大木の影が邪魔だ」と言い出す古代・中世より前、大木の影に覆われた空間は、世界の広がりを象徴するものとして尊ばれていました。古墳時代には、大きな槻木の下で酒宴を開いたりしていたようです(『古事記』下巻「雄略天皇、三重采女の説話」)。
大木に成長し、広がる枝、独特の根など、槻木=ケヤキは信仰の対象になりやすい木でした(下写真)。ちなみに「三重采女の説話」でもケヤキの枝が広がる様子を、王権の広がりになぞらえています。さらに、いわゆる大化の改新(645)や壬申の乱(672)でキーポイントとなり、天武・持統朝では儀礼の場となった広場に槻木がありました。飛鳥寺西方の「槻木の広場」です(下写真)。発掘調査では、まだ樹木痕跡はみつかっていませんが、同時代の石敷きの施設などが見つかっています。
10月3日(土)から始まる秋の企画展「樹木と人の交渉史」では、縄文時代の新潟県青田遺跡のケヤキ樹皮製品(実物展示)、弥生時代の千曲市屋代遺跡群で水田開発に伴って伐根・焼却された例(図・写真で紹介)、古墳時代にケヤキの根元に集中する土器の例(写真で紹介)、古墳時代末の屋代遺跡群の導水施設(実物展示)、今回掲載した県指定樹の写真などで、人とケヤキの「かかりあい」を紹介する予定です。

木器保存処理室より17
飛鳥寺西方遺跡(入鹿の首塚付近か、写真左上方の甘樫丘との間に槻があったとされる。)
木器保存処理室より17
県指定 木ノ下の大ケヤキ(箕輪町)
[ 2015-09-14 ]

上原良司のご遺族が来館されました

イベント

上原良司のご遺族が来館されました

 8月25日(火) 上原良司の二人の妹、清子さんとと志江さんが、戦後70年企画「長野県民の1945−疎開・動員体験と上原良司−」をご見学にみえました。上原さんは、今回の展示の中心になっている上原良司の「所感」など貴重な資料をご所蔵しておられ、今回の企画展に便宜を図っていただきました。

 お二人は、職員の解説を聴いて質問されたり、ご自身の体験を語っていただいたり、和やかな雰囲気の中、熱心に見学されていました。職員にとっても当時のお話を聴くことができ、有意義な時間になりました。展示を企画した私たちもうれしい気持ちになりました。

 その後、企画展にあわせて上映している、NBS長野放送制作の上原良司のドキュメンタリー番組「明日は自由主義者がこの世から去っていきます〜特攻に散ったある学徒兵〜」をご覧いただいた後、常設展も楽しく見学していただきました。

 歴史館をあとにするとき、ご姉妹から「今回の企画はとても満足した。」という言葉をいただきました。

 戦後70年企画「長野県民の1945−疎開・動員体験と上原良司−」の展示会は、9月15日(火)まで開催しています。ぜひ、大勢の皆様のお越しをお待ちしております。

上原良司のご遺族が来館されました
上原良司の搭乗機 陸軍3式戦闘機キ61「飛燕」(1/32 復元模型)を見つめる清子さん
上原良司のご遺族が来館されました
あれから70年・・・・兄良司を囲んでの記念写真(県立歴史館入口にて)
[ 2015-09-01 ]

中学生による戦争についての学習(館内特別授業)

講座・セミナー

 8月21日(金)、茅野北部中学校3年1組の生徒30名(および引率の先生1名)が来館されました。
 この日は「総合的な学習の時間」を使って、丸一日、戦争について考える学習を計画したとのこと。午前中は、戦後70年企画の展示をしている当館に足を伸ばしていただきました。

 はじめに、2本のミニ講義を実施しました。
 講義?「戦死者を祀(まつ)る」では、徴兵検査とはどういうものなのかを体感できるワークショップを取り入れ、地域の戦争遺跡(戦争に関する碑)を手がかりしながら、戦争の背景や人びとの思いについて考えてもらいました。戦後すぐの人びとが考えた「平和」と現在のわたしたちが考える「平和」の同じ点や違う点をじっくりと考えている生徒の姿が印象的でした。
 講義?は、「上原良司・遺(のこ)されたことば」という内容で行いました。戦況や特攻隊の意味について確認してから、現在の安曇野市で生まれ育った上原良司の生涯を紹介し、その遺書をもとに考える時間を取りました。生徒は、一人ひとりが自分の思いを言葉にして、それを発表し合っていました。真剣なまなざしで考える生徒の姿に感動しました。
 その後、戦後70年企画の展示解説を行いました。関心のあるテーマはそれぞれだったと思いますが、資料をじっくり見て考えている様子がわかりました。
 遠路はるばるお越しいただいたということで、加えて、常設展示の観覧とバックヤード探検も楽しんでいただきました。
 午後は長野市内での学習とのこと。この日一日の学習が充実したものになればと思います。
      *
 当館では、ご要望に応じて、可能な範囲での館内特別授業や出前講座を行っています。当館専門主事が講師および解説員として、小学校、中学校、高等学校それぞれの段階に応じての学習の場を提供します。
 戦後70年という節目です。戦争について学ぶ上で、具体的な資料による理解が可能となる当館企画展をどうぞご活用ください。開催は9月15日(火)までです。

中学生による戦争についての学習(館内特別授業)
写真1 真剣な表情で聞く講座
中学生による戦争についての学習(館内特別授業)
写真2 じっくりと鑑賞していた企画展示
[ 2015-08-23 ]

木器保存処理室より16

イベント

出土した農具に目立つアサダ

 長野市の榎田遺跡や川田条里遺跡から出土した弥生時代〜古墳時代の農具、あるいは千曲市屋代遺跡群の古代の鍬などには、アサダと同定された木が複数あります。また、農具以外では、杵や横槌、紡織具の一部などに使われていました。
 カバノキ科アサダ属アサダは、日本列島に広く分布する落葉高木です。図鑑を見ると、比較的平らな肥えた土地に多い・・・、陽樹(日あたりのよい所に生える)とあります。ということは、人の活動によって森林がある程度開かれたような場所、人里近くを好んで育つ樹種と言えそうです。そのため、人との付き合いが長く続いてきたのかも知れません。
 6月後半、どんな木なのか確認するため、塩尻市立平出博物館の講座に合わせて、博物館近くの床尾神社に行ってきました。大木群という名称の通り、想像していた以上に、太い幹が真っ直ぐ伸びていて、周囲のスギと同じような樹形をしていました。樹皮は片状に剥がれるようです。また、葉には微細な毛があり、とても柔らかい肌触りでした。少数でしたが、穂状に下がる花もみられました。
 解説板によると「辺材は黄白色、心材は暗褐色でその材はいずれも堅く粘り強く光沢が美しい上に耐久力があるので利用度が多く・・・」、さまざまな用途に使われてきたようです。
 常設展示室には、榎田遺跡のアサダ製鋤、鍬(写真)、杵が展示してあります。秋季企画展「樹木と人の交渉史」(10/3〜11/29)の際も、合わせてご覧ください。

[ 2015-07-31 ]

中学生の職場体験学習 

お知らせ

 長野市内、千曲市内の主に中学校2年生、3年生が歴史館で職場体験学習に取り組んでいます。期間は中学校によって異なりますが、概ね2日〜3日間、どの生徒も緊張した面持ちで誠実に仕事に向き合っています。閲覧図書の配架や展示解説の補助、考古資料や文献史料の整理作業体験などを通して、社会人としてのマナーや働くことの意味を感じ取ってもらえれば職員としても嬉しいです。
 歴史館での仕事は、来館者への接客や展示の案内など見える部分もありますが、遺物整理室や文献書庫での史資料整理作業など、地味ではありますが、一つ一つ確実に根気強く取り組まなければならない仕事が多くあります。いずれも来館者に喜んでいただいたり、長野県の歴史を100年後、200年後に受け継いでいくための重要な意味をもっています。当館での職場体験学習で、歴史にふれる楽しさや歴史を受け継ぐ仕事の一端を知っていただきたいと思います。

★すでに職場体験学習を終えた中学校★
長野市立広徳中学校、千曲市立屋代中学校、千曲市立埴生中学校、信州大学教育学部附属長野中学校

☆これから予定されている中学校☆
長野市立篠ノ井東中学校(7月)、千曲市立戸倉上山田中学校(9月)、屋代高校附属中学校(9月)

中学生の職場体験学習 
行政文書にふれる中学生
中学生の職場体験学習 
小学生に鎌倉時代の善光寺門前の解説を行う
[ 2015-07-16 ]

木器保存処理室より15

イベント

使っていた証拠が見つかりにくいシナノキ 

 梅雨後半に入り、歴史館のシナノキも花が終わりに近づいています。
 民俗例では、新芽から葉が開ききるまでの樹皮が剥ぎやすく、径20?に満たない若木の繊維が紐や布に向いているようです。歴史館のシナノキもちょうど良い太さです(写真)。
 シナノキの繊維は、化学繊維が登場する以前、最も丈夫な素材として活用されてきました。「信濃」の語源ではないかと推測する説もあるぐらい、県内でも盛んに利用されてきました。
 ところが、樹皮の利用が主だったため、なかなか遺跡から出土しません。当館所蔵品では、千曲市社宮司遺跡でわずかにあるだけです。その使い方は、平安時代に建物の柱が沈まないよう、柱下の台にしたものです。言ってみれば、どんな木でもよかった?感じです。
 しかし、よくよく見ると、他の樹種を使った台の場合、厚い板状に加工しているのに対し、シナノキを利用した例は、径20?以下の芯持ち材の角材でした。台にして埋めるだけなら皮付きでもよいはずですが、もしやシナ皮を剥いだ後に残った余りの材を利用したのでは?
 皮を剥いだ痕跡を見つけるのは難しいですが、平安時代にシナノキを伐採し、集落内で使っていることまでは確認できました。今後、低湿地遺跡調査で、編物など断片(樹種同定可能な、あまり加工されてないもの)が見つかってくれることを期待したいものです。 
※10/3〜11/29秋季企画展「樹木と人の交渉史」

木器保存処理室より15
歴史館駐車場のシナノキ
木器保存処理室より15
社宮司遺跡出土のシナノキ製礎板(表面未処理)
[ 2015-06-29 ]

バックヤード探検について

お知らせ

 当館では、小中学校の社会科見学オプションメニューでバックヤード探検(遺物収蔵庫等の見学)を行っています。博物館の裏側の遺物収蔵庫内を見学し、本物の縄文土器と弥生土器の重さを予想して持ち比べたり、安曇野市明科の北村遺跡で発掘された約3,500年前縄文人骨を間近で見学したりできます。

 本物の人骨を見て縄文人のくらしについて考えたり、二つの土器(鍋)の重さの違いを実感してもらい、どうして重さが違っているのか、当時の人びとの生活と結びつけて考えてもらったりしています。皆さんも県立歴史館に来て、バックヤード探検をしてみませんか?

 ★申し込みについて★                             

 バックヤード探検を希望される場合には、必ず事前申し込みが必要で、先着予約順となっています。予約がすでに満了の日や、当館の都合でお受けできない日もありますのでご注意ください。
 

バックヤード探検について
約3,500年前の縄文人と対話しよう!
バックヤード探検について
本物の縄文土器と弥生土器の重さの違いを実感しよう!
[ 2015-06-18 ]

ツツジが満開です!

イベント

 常設展示室入口ホールから見える中庭のツツジの花が満開です。昨年は、つぼみが少なく花もまばらでしたが、今年のツツジは見事です。まるでピンク色の絨毯(じゅうたん)を3段に積み重ねたようにも見えます。ツツジの花を見ながら、ゆっくりと椅子に腰掛けて気持ちをリフレッシュしてみてください。
 今、企画展示室では、「長野県の遺跡発掘2015」の展示を開催しています。昨年度、長野県埋蔵文化財センターと各市町村教育委員会で発掘した貴重な地域資料が展示されています。     

 また、6月20日(土)には第1回考古学講座、6月27日(土)には歴史館セミナー「歴史館職員が語る長野県の歴史」が開催されます。いずれも観覧料300円が必要ですが、事前申込みは不要です。ぜひ皆さんでお気軽に歴史館にお出かけください。

ツツジが満開です!
常設展示室入口に咲き誇る満開のツツジ
ツツジが満開です!
企画展「長野県の遺跡発掘2015」
[ 2015-06-10 ]

木器保存処理室より14

イベント

 みなさんは「埋没林」と聞くと、どのような出来事を想像されるでしょうか。「大規模な地殻変動で、広大な森林が地下に埋まった」といったイメージでしょうか。ところが、日本列島で発見された埋没林は、(1)飯田市遠山川埋没林のように、小河川の堆積や土砂崩れで埋まった例、(2)軽井沢町浅間山東麓埋没林のように、火砕流などで埋まった例、(3)富山県魚津埋没林のように、海水面が上昇して水没し、土砂で埋まった例などです。こうした自然現象は、日本列島に人類がやって来た数万年前から今日までの間に、各地で繰り返し起こってきました。
 ということは!森や樹木に働きかけた人の痕跡が、たくさん残っているかも知れません。
 魚津埋没林博物館では、全国69の埋没林が一覧表で紹介されています。さらに、低地での発掘調査が多くなった近年は、毎年のように遺跡とともに見つかる埋没林が増えつづけています。例えば、奈良県中西遺跡では、弥生時代の水田跡に接して伐採痕のある立木や、使わなかった材が残っていました。樹の種類や樹齢の構成にも人がかかわっているらしく、樹木と人の関係を考える上で注目を浴びています。
 さて、県内では、短期間に水田と森林が入れ替わる興味深い事例があります。それは、上信越自動車道建設に伴う長野市川田条里遺跡D区の発掘調査で見つかりました。弥生時代の水田が砂に埋まってできた微高地から、8本の立木の根痕が発見されたのです(写真)。うち3本の樹種を調べたところ、クリ、コナラ属、クヌギ節でした。ここは、まわりに同時代の水田や墓域があるため、自然に森が出現したとは考えにくい場所です。生えてきた樹木の内ドングリ類だけを残したのか、あるいは積極的にクリなどを植えたのか興味深い例です。似た例は、静岡県瀬名遺跡の弥生時代の層で確認されており、こちらは5本すべてがクリでした。水田を埋めてしまった土砂の上を、一部栗林に利用していたようです。
 このように、埋没林は、樹木と人の関係を知る上で貴重な資料と言えます。  
※10/3〜11/29秋季企画展「樹木と人の交渉史」

木器保存処理室より14
川田条里遺跡 古墳時代の杭
木器保存処理室より14
長野市川田条里遺跡 埋没樹木
[ 2015-05-29 ]

社会科見学でにぎわう歴史館

お知らせ

 4月下旬から県内の小学校6年生の社会科見学が増えています。特に週末の金曜日には、10校以上の小学校が歴史館の見学に訪れています。一度に多くの学校の見学が集中すると展示室の中も混雑してしまうので、学校担当の職員が事前に先生方の要望を伺いながら時間調整を行い、来館した小学生に「歴史を学ぶことって楽しいな。」と感じてもらえるように展示解説を行ったり、館内の誘導を行ったりしています。                                   
 5月〜6月は、学校見学のピークで、日によっては相当な混雑が予想されます。ホームページの「学校団体のご利用について」のバナーから学校見学予約状況を確認できますので、これから歴史館の見学を計画される学校の皆様は、参考にしてもらえればと思います。歴史館のすぐお隣にある科野のムラには、今年もたくさんの鯉のぼりが気持ちよさそうに泳ぎ、みなさんのご来館をお待ちしています。

社会科見学でにぎわう歴史館
江戸時代の農家のトイレって?
社会科見学でにぎわう歴史館
善光寺如来縁起に熱心に耳を傾ける小学生のみなさん
[ 2015-05-01 ]

木器保存処理室より13

イベント

 気がついてみれば、今年の桜前線も県内を通過し、北へ去って行きました。とは言っても、それは花見の喧噪を伴う大量植栽されたソメイヨシノに関してで、歴史館周辺の山々では、まだまだ桜花を楽しむことができます(写真)。桜は絶大な人気を誇る樹木なので、出版物をはじめとした情報もあふれており、一家でお持ちの方も多いかと思われます。木器保存処理室としては、現代の桜の話は脇に置いておいて、あまり知られていない出土遺物としてのサクラをご紹介したいと思います。
 日本列島では、福井県鳥浜貝塚で、縄文時代草創期(1万年以上前)の地層からサクラの自然木が見つかっています。また、前期(約6000〜7000年前)の地層からは、サクラ材を使った容器や舟の櫂(オール)など、さらには石斧の柄に巻かれた樹皮が見つかっています。縄文人が桜の花を愛でていたかは定かでありませんが、材としてのサクラとの付き合いは非常に長いことがわかっています。
 残念ながら、当館所蔵品には縄文時代にさかのぼるサクラ製品はありません。また、弥生時代以降の加工品も複数遺跡でみつかっていますが、はっきりと道具の名前を示せる資料はありません。樹皮では、千曲市の屋代遺跡群などで古代・中世(約1300年前以降)の曲物を綴じる薄皮が認められており、サクラ皮と推測されます。一方、長野市の石川条里遺跡の弥生時代後期〜古墳時代前期(約1800〜1600年前)の溝からは、未使用なのでしょうか、幅3〜4?に切られ、丸まった状態の樹皮が複数出土しています。これも、サクラの可能性が高いようです。
 当館では、サクラ材の加工品は合成樹脂(PEG)で保存処理をしています。一方、樹皮は、同じ方法だと、せっかく千年以上も残っていた弾力性を損ねてしまうため、水漬けのままにしています。ただし、それはそれで展示しづらいため、どのような方法をとればよいのか、目下、検討中です。
※10/3〜11/29秋季展「樹木と人の交渉史」

木器保存処理室より13
森将軍塚古墳周辺のサクラ
木器保存処理室より13
石川条里遺跡出土のサクラ樹皮
[ 2015-04-27 ]

春季企画展講演会がありました

講演会

 4月18日(土)午後1時30分から当館講堂にて春季企画展講演会が開催されました。富山大学人文学部教授の鈴木景二先生から「信濃と北陸を旅した人びと」と題してご講演いただきました。 
 会場には約100名の聴講者が集まり、鈴木先生のソフトで軽妙な語り口に耳を傾けた80分となりました。山国信濃の産物と海の産物との交易が、古代から「みさか」「くまさか」などの峠を越えて盛んに行われていたことや、中世には信濃の善光寺信仰が隆盛し、宗教の力によって地域交通が変化してきたこと。立山にも善光寺信仰の痕跡があること。また、立山からは針ノ木峠を越えて信州へとつながる道が利用されていたことも豊富な資料を使ってお話いただきました。後半は、江戸時代の案内絵図と道中記をよむというテーマで、参勤交代での大名の道中日記などからみた、大名と関所の役人、本陣での食事など裏話や意外なやりとりをご紹介いただき、会場からも笑いがもれる場面もありました。
 聴講者の感想には、「詳しい史料を使われてのお話で、よく理解できた。」「北国街道を自分の足で歩いてみたいと思った。もっと聞きたかったとういう意味で、やや不満。」「北国街道と北陸道についてわかりやすく解説してもらえて勉強になった。」「道中記は、おもしろうそう。昔から日記を詳細に書いていることがおもしろい。今のブログみたい。」「善光寺は女人救済で女性の参詣者が多いのに、江戸時代の関所は女性に厳しかったというのは、とてもおもしろかった。」「県外の視点から信濃の歴史を考えたことが、とても参考になった。」等の感想を寄せていただきました。
 春季企画展「山と海の廻廊をゆく」も折り返しになります。4月21日(火)には展示替えを行いました。国立歴史民俗博物館の「木曽義仲合戦図屏風」や、新潟県指定文化財の「八幡林1号木簡」などが新たに展示されます。ぜひ、お出かけください。

春季企画展講演会がありました
資料を見ながら熱心に聴講される来館者の皆さん
春季企画展講演会がありました
ご講演する鈴木景二先生
[ 2015-04-24 ]

歴史館にも春の訪れが…あんずの開花

お知らせ

 歴史館に隣接する山々を見ている限りではわかりませんでしたが、春の訪れは徐々に、そして確実に近づいています。
 当館職員が連日観測している中庭では、3月27日(金)午後、ついにあんずの開花が確認されました。これは昨年よりも若干早いとのこと。いよいよ春の訪れです。

 当館は、「あんずの里」として名高い千曲市に位置しています。
 来週4月1日(水)から19日(日)まで、千曲市の森・倉科地区にて、第60回あんずまつりが開催されます。この期間中の土・日曜日については、当館観覧料が(常設展・企画展ともに)無料となります。
 あんずも、そして歴史館も、多くの皆様のお越しをお待ちしております。

歴史館にも春の訪れが…あんずの開花
歴史館にも春の訪れが…あんずの開花
[ 2015-03-27 ]

木器処理室より12 梅干の種? いいえ、モモ核です

お知らせ

 「縄文土器展」も終わり、ブログ「木器保存処理室より」の再開を考えているうちに、はや、桃の節句となりました。みなさんのお宅は3月3日、あるいは月遅れの4月でしょうか。
オハツモモシロップ 桃は、今では、美味しさ・甘さ・大きさを競う果物になっています。しかし、桃の木や花が節句(祭祀)に係わっていることでもわかるように、昔の使われ方は少々違っていました。その手がかりは、遺跡の出土状態や神話・昔話から推測することができます。
 千曲市屋代遺跡群では、お祓(はら)いをするような場所から、モモ核(種)が出土しています。桃は邪気を払うもの、魔よけの道具と考えられていたようです。『古事記』などの神話では、伊弉諾尊(イザナギノミコト)が黄泉(よみ)の国(死者の世界)から逃げ帰る時、追っ手に向かって桃の実を投げつけることで、無事帰ってくることができました。日本昔ばなしでは、鬼を退治するのは桃太郎です。モモにはこのような力があったのです。
 屋代遺跡群では清水が湧く水源や、それを流した場所からもモモ核が出土しました。桃太郎の入った桃が、川上(水源の聖地)から流れて来たように、水源祭祀にも桃が用いられていた可能性があります。
 ところで、古代の桃はとっても小さいものです。当館のバックヤード探検では、時々、モモ核を見せて「何の種でしょうか」と聞いてみます。すると一番多い答えは「梅干の種」(本当は“干し”はいらない)」です。さらに「柿」、「クルミ」と、なかなか正解がでません。子どもたちが知っている川中島白桃に比べると、古代の桃はあまりに小さすぎてイメージできないのかも知れません。
 秋季展『樹木と人の交渉史』では、弥生時代〜平安時代のモモも展示したいと考えています。ご期待ください。

(※以下の「オハツモモ核」と「長野市榎田遺跡355号住居出土モモ核」は、大きさの比較ができるようにスケールを合わせて表示しています。)

木器処理室より12 梅干の種? いいえ、モモ核です
オハツモモ核
木器処理室より12 梅干の種? いいえ、モモ核です
長野市榎田遺跡355号住居出土モモ核
[ 2015-03-11 ]

春季企画展「山と海の廻廊をゆく」が開幕

イベント

 2月28日(土)より、春季企画展「山と海の廻廊をゆく 〜信濃と北陸をつなぐ道〜」が開幕しました。
 今回は、北陸新幹線の金沢延伸(3月14日開業予定)および善光寺前立本尊御開帳(4月5日開幕予定)を記念して、関連した内容の資料も展示します。多くの皆様のご来館をお待ちしております。
 くり返しご来館いただいても楽しめるよう、期間中、2回ほど展示替えを行います。展示品一覧および展示替えの日程については【こちら】からご確認ください。

 企画展示室前の廊下には、観光ポスター(写真1)を掲示してあります。長野県内から北陸新幹線終着・金沢までの停車駅、さらには同時に営業開始となる「しなの鉄道北しなの線」各駅の自治体などが製作した観光ポスターです。カラフルでバラエティあふれたそれぞれのポスターを見ていると、まるで旅行をしているような気分になります。
 これら沿線の風景にも思いを馳せながら、企画展をお楽しみいただければと思います。

 なお、春季企画展の図録(写真2)も発行します。1冊1,000円、1階ミュージアムショップにて販売しています。郵送をご希望の方は、当館管理部(026-274-2000)までお問い合わせください。

春季企画展「山と海の廻廊をゆく」が開幕
観光ポスター(写真1)
春季企画展「山と海の廻廊をゆく」が開幕
春季企画展の図録(写真2)
[ 2015-03-01 ]

やさしい信濃の歴史講座終了・ご聴講ありがとうございました

講座・セミナー

 2月14日(土)、今年度6回目となる「やさしい信濃の歴史講座『善光寺道名所図会』と街道の風景」を開催しました。200名を超える皆様にご来館いただきました。
 今回も2本の講座をお届けしました。「北陸と善光寺をむすぶ道 〜北国街道の往来〜」では、善光寺聖と七人比丘尼、女性(智教)が再建に善光寺かかわったことや北陸とのむすびつきなどの話題をご紹介しました。「聖徳太子信仰のひろがりと善光寺」では、本田善光と『善光寺如来縁起』、四天王寺、聖徳太子信仰など、さまざまな面からの話題をお送りしました。

 今回も多くの皆様にご聴講いただき、うれしい反面、駐車場がいっぱいになったり座席が十分の広さではなかったりしてご不便をおかけしたことに対しまして、お詫び申し上げます。今後も充実して楽しめる講座を工夫・実施していきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

   *

 講座終了後、お客様からお寄せいただいたいくつかのご意見・ご質問についてお答えします。

Q:今回の講座はとても興味深かった。同じ内容をもう一度聞くことはできないか?
A:一部ではありますが、「地域連携講座」として、同内容の講座を他地域で実施します。今年度は中南信の皆様にお聞きいただこうと、飯田市美術博物館にて、2月28日(土)、3月8日(日)の2回開催します。くわしくは【こちら】をご覧ください(お問い合わせは飯田市美術博物館にお願いします)。

Q:街道は話はおもしろい。他の場面でも取り上げてほしい。
A:2月28日(土)開幕の春季企画展「山と海の廻廊をゆく」では、北国街道にかかわるいくつかの展示品をご紹介します。毎週土曜日の午後には展示解説も行いますのでお出かけください(くわしくは【こちら】から)。
 また、3月7日(土)の歴史館セミナーでは、「近世の北国街道」「北信越の近代化」の2本についての講演会を実施します(くわしくは【こちら】から)。

Q:冬場の毎週土曜日は歴史館に足を伸ばすことが多かったので、最終回と聞いて寂しい。土曜日の講演・講座はもうないのか。
A:文化庁助成事業をはじめ、当館での講座・講座はまだまだあります。ぜひお越しください(くわしくは【こちら】から)。

やさしい信濃の歴史講座終了・ご聴講ありがとうございました
やさしい信濃の歴史講座終了・ご聴講ありがとうございました
[ 2015-02-20 ]

やさしい信濃の歴史講座・次回は最終回!

講座・セミナー

 今年度の「やさしい信濃の歴史講座『善光寺道名所図会』と街道の風景」の開催にあたっては、大好評をいただき、ありがとうございます。
 以前のブログ記事にて第1回、第2回の内容に触れましたので、最初に、年が明けてからの講座の様子を簡単に振り返ってみたいと思います。

 第3回(1月17日実施)は、松本を起点とする2種類の街道について取り上げました。「峠を越えて、いよいよ善光寺平へ 〜筑北・姨捨〜」では、青柳宿の苦悩、切り通しが数回にかけて切り広げられたこと、姨捨のいわれや冠着山について興味をもっていただいたことと思います。「養老坂を越えて、仁科街道を安曇・大町へ」では、『善光寺道名所図会』で仁科街道を取り上げている背景や具体的な描写について見ていきました。

 第4回(1月31日実施)は、東信の2つの話題をお届けしました。「七久里の湯に開いた文化 〜別所温泉〜」では、別所温泉・塩田平が「心をわかす文化」あるいは信州の学海と呼ばれるゆえんをご紹介できたことと思います。「上田紬を育んだ上田城下から海野・田中の合宿へ」では、宿場や合宿の基礎知識や上田城下の産業についてお話しさせていただきました。

 第5回(2月7日実施)は、北信地方の2か所についてお聞きいただきました(写真2枚は第5回のもの)。「街道屈指の難所 横吹坂を越え坂木宿へ」では、郷土の歴史に加えて小学生の学習の様子もご紹介しました。「『飯綱』『戸隠』を訪れた人びとと、描かれた霊場」では、善光寺との関係、信仰の側面についてお話ししました。講座終了後も熱心に質問されている姿が見られました。

   *

 今回の講座は、大変多くの皆様にご来館いただき、感謝申し上げます。過去5回の参加者は、のべ870名を超えています。会場は熱気にあふれ、少しでも内容を充実させたいと、担当者一同、気を引き締めています。その分、座席の余裕がなく申し訳ありません。
 次回、第6回は最終回となります。当館職員に加えて、(本講座初めての試みとして)外部講師を招聘してお送りします。「北陸と善光寺をむすぶ道 〜北国街道の往来〜」と「聖徳太子信仰のひろがりと善光寺」の2本立てです。(詳細は、こちらよりご覧ください。)
 なお、毎回、駐車場がいっぱいでご迷惑をおかけしております。可能ならばお知り合いの方と相乗りでお出でいただければありがたく存じます。
 皆様のご来館を心よりお待ちしております。

やさしい信濃の歴史講座・次回は最終回!
やさしい信濃の歴史講座・次回は最終回!
[ 2015-02-10 ]

土器写生・ぬり絵コンクール表彰式

イベント

 「縄文土器展」最終日の2月1日(日)、縄文土器の写生・ぬり絵の優秀作品表彰式を行いました。入選作品を描いてくれたお友だち、保護者のみなさん、あわせて94名に集まっていただきました(写真1)。ありがとうございました。
 お堅いイメージの歴史館に、たくさんの子どもたちが来てくれるように、さらに、せっかく来ても展示室を一周して終わり、「あんまり憶えていない」ではもったいない。一つでも、縄文土器のイメージや、楽しさを記億して帰ってもらいたい・・・という趣旨ではじめた企画です。
 前回に引き続き、第2回目となる写生では、現代人が考えるような、土器を正確に紙に写し取るのではなく、感じたまま、自由に描いてもらうようにしました。縄文人も、ヒトやヘビ(の精霊)を測ったように描くのではなく、躍動感を大事にしたり、印象的な部分を強調したりしています。それこそがリアル!だったのでしょう。今回の優秀作品には、文様はそこそこにして、大型土器のど迫力を描いてくれたもの(写真2)。おなじ土器を描いたのに、特徴的な文様をピカソのように描いて、別ものにしてくれた作品(写真3)もありました。
 ぬり絵は、「土器はみんな茶色で、ぜんぜん面白くない」と言った子どもの印象を変えてもらおうと、好きな色にぬってもらうことで、土器文様の楽しさを知ってもらおうというねらいでした。顔面装飾付土器を海に見立てて、怒っている顔も笑顔に変え、虹までつけてくれた作品(写真4)など、担当者の発想を飛び抜けた愉快な作品が集まりました。
 「縄文土器展」は終了しましたが、ゴールデンウイークや夏休みには、「縄文人になって遊ぼう」で写生やぬり絵、踊る縄文人の回転のぞき絵工作も行いたいと思っています。みなさん、また来てくださいね。

土器写生・ぬり絵コンクール表彰式
土器写生・ぬり絵コンクール表彰式
[ 2015-02-05 ]

今年も長野県立歴史館をよろしくお願いします!

お知らせ

新しい年がスタートしました!
この一年が皆様にとってすばらしい年となりますようお祈り申し上げます。

 2015(平成27)年の長野県立歴史館は、1月4日(日)より開館します。
 以下、1〜2月の行事についてご紹介します。

◆現在開催中の縄文土器展(冬季企画展)は、2月1日(日)まで開催します。縄文時代中期中葉の初め頃にスポットを当てた展示は、全国各地からお越しいただいている皆様より、好評を頂戴しています。

◆1月10日(土)には、縄文土器展の関連行事「からだで表現! デコボコかざり撮影会」を行います。体験型のイベントです。子どもから大人まで、多くの皆様に楽しんでいただきたいと思います。

◆これまでの2回で多数の方にご参加いただいている「やさしい信濃の歴史講座」(全6回)は、1〜2月に4回実施しますので、ご期待ください。→全6回の内容はこちら(チラシを表示します) 「講座等のご案内」はこちら(移動します)

◆2月28日(土)からの春季企画展「山と海の廻廊をゆく」では、北陸新幹線延伸とも関連した内容を計画・準備中です。お楽しみに。

 ほかにも各種イベントや活動を多数計画しています。最新情報は当ホームページで随時ご案内します。
 今後も地域に根ざした歴史館として職員一同邁進してまいります。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします!

今年も長野県立歴史館をよろしくお願いします!
[ 2015-01-01 ]

笑顔いっぱいのクリスマスリース・ゾートロープづくり(縄文土器展関連イベント)

イベント

 今年もあと10日ほどを残すのみとなりました。
 クリスマス直前の12月20日(土)には、縄文土器(冬季)展関連イベントとして「クリスマスリース・ゾートロープづくり」を行いました。数日前の雪が残る寒い陽気でしたが、17名(うち子ども 9名)のみなさんにご参加いただきました。ありがとうございました。
 リースづくりでは、つるでつくった輪に、縄文人も大好きだったドングリや貝がらなどを接着しました。リボンやひもをカラフルに使ったり、中には、黒曜石(こくようせき)をつけたりと、それぞれの独創的な作品ができあがりました。
 縄文風ゾートロープづくりの方ですが、これは縄文土器を紙でつくった器具です。回転させて穴からのぞくことで、物語がアニメーションのように進んで見えます。ていねいに切ったり貼ったりした後、くるくると回しながら歓声をあげている姿が、あちらこちらから見られました。
 なお、今回のイベントでも、多数のボランティアの皆様にご協力いただきました。ありがとうございました。


 今日は当館の今年最後のイベントでした。このイベントで楽しんでいただこうと、担当者は半年以上前から計画を進めたり材料を集めたりしてきました。たくさんの笑顔と期待以上のすばらしい作品の数々を見ることができて、担当者もうれしく思っています。
 今後も皆様に楽しんでいただけるイベントを考えていきたいと思いますので、来年(以降)もどうぞよろしくお願いします。

笑顔いっぱいのクリスマスリース・ゾートロープづくり(縄文土器展関連イベント)
くるくる回るゾートロープ
笑顔いっぱいのクリスマスリース・ゾートロープづくり(縄文土器展関連イベント)
完成間近のリース
[ 2014-12-24 ]

「やさしい信濃の歴史講座」で『善光寺道名所図会』

講座・セミナー

 今年度の「やさしい信濃の歴史講座」(全6回)がスタートしました。

 今回のテーマは、「『善光寺道名所図会』と街道の風景」です。当館3月発行のブックレット20号(写真1)をテキストとして、12の内容を紹介していきます。(なお、ブックレット20号を受付で提示いただくと、全6回の講座聴講時に観覧券の必要がなくなるという特典がありますので、ぜひ、お求めください。受付にて1,000円で販売中です。)

 第1回となる12月6日(土)には、講堂いっぱいとなる160名を超す大勢の方にお集まりいただきました(写真2・3)。1回目ということで、2人の担当者より、全体的なお話をさせていただきました。「なるほど」という納得の声あり、笑いあり、「実際に行ってみたい(見てみたい)」という声ありと、熱心に聴講されている姿が印象的でした。

 次回からは、具体的な場所を取り上げての内容となります。12月13日(土)の第2回では、塩尻・洗馬宿と松本・浅間温泉を中心に紹介します。どうぞお楽しみに!

「やさしい信濃の歴史講座」で『善光寺道名所図会』
「やさしい信濃の歴史講座」で『善光寺道名所図会』
[ 2014-12-10 ]

第23回森将軍塚まつり

イベント

 11月3日(祝・月)、千曲市・科野の里歴史公園(県立歴史館も公園の一部にあります)にて、第23回森将軍塚まつりを開きました。心配されていたお天気は、朝からさわやかな秋晴れとなり、大勢の方が訪れました。
 たくさんのイベントやブースが出ましたが、当館は3つのイベントを開催しました。
 「森将軍塚青空教室」では、古墳上でミニ古代史講演会を実施し、弥生時代の善光寺平の稲作や豪族についての解説をしました。約30名の参加者は、すばらしい眺めを堪能していた様子です。
 「まが玉をつくってみよう」では、子どもたちを中心に、石を一心に磨く姿が見られました。1時間ほどの作業によって完成した世界で一つだけのまが玉を首から下げ、とても満足されていたようです。
 「縄文人になって遊ぼう」では、本物の土器を実際にさわり当時の衣装を着るなど、大人から子どもまで600名を超す方にご参加いただきました。
 大勢の方にお楽しみいただけたならば幸いです。また、大勢の体験ボランティアの皆さんにもこれらのイベントを支えていただきました。本当にありがとうございました。

第23回森将軍塚まつり
好天に恵まれた一日でした
第23回森将軍塚まつり
まが玉づくり
[ 2014-11-05 ]

残り10日間あまり!秋季企画展「信濃武士の決断 信長・秀吉・家康の時代」

イベント

 大好評をいただいております秋季企画展「信濃武士の決断 〜信長・秀吉・家康の時代〜」も、開催は11月9日(日)まで。残りは10日間あまりとなりました。
 10月25日(土)に実施した国立歴史民俗博物館名誉教授・井原今朝男氏の講演会「織豊時代の終焉と天下統一」には、講堂いっぱいのお客様にご聴講いただきました。翌26日(日)には、おだやかな好天のもと、イベント「屋代城に登ろう」を楽しく実施することができました(→写真1〜3枚)。
 また、10月28日(火)からは展示資料を一部リニューアルして、長野県宝「短刀 銘 吉光」が登場しました。

 〜真田家が徳川家康から拝領したものと伝わる。吉光は鎌倉時代中期の京の粟田口派の名工。吉光は短刀の作をもっとも得意としたといわれる。(中略)この短刀は、松代藩が明治維新までとりつぶしの憂き目にあわず存続できた要因のひとつだったといわれている由緒ある品である。真田家では重宝の筆頭として、緊急時に担ぎ出す長持ちの奥深く保管していた。(当館展示資料一覧より)

 先週いらっしゃったお客様からは、「短刀吉光をぜひ見たい。また来ます!」との声を掛けていただきました。何度見ても楽しめる今回の企画展。皆様のご来館を心よりお待ちしております。

 なお、図録についてのお問い合わせも多数いただいています。売り上げのペースが早い状態です。在庫限りの販売となりますので、ご希望の方は 1階・ミュージアムショップにてお買い求めください。郵送をご希望の方は、当館管理部(026-274-2000)までお問い合わせください。

残り10日間あまり!秋季企画展「信濃武士の決断 信長・秀吉・家康の時代」
野生のカモシカを発見。参加者からは大歓声
残り10日間あまり!秋季企画展「信濃武士の決断 信長・秀吉・家康の時代」
企画展図録
[ 2014-10-28 ]

木器処理室より11 阿久遺跡の森でクリとドングリ確保

イベント

 先月お伝えしたとおり、歴史館周辺ではコナラの実がほとんどなく、クヌギが少々といった感じです。上田市塩田の里山でも同じような状況でした。ところが、原村の国史跡阿久遺跡(あきゅういせき)の森では、例年通り、コナラの実がたくさん生っていました。千曲市・上田市との地域差による気温の違い、あるいは、夏の長雨、蛾の発生数の違いなどに原因があるのでしょうか。森廣信子さんの『ドングリの戦略』によると、実のなる量は、天候などの他に、ドングリを食べる昆虫・動物(人間も含む)との駆け引き、それに周辺の樹木との関係等々、とても複雑なやり取りの中で決まってくるようです。樹木と人の交渉関係に限っても、人間側の一方的な働きかけではなく、奥深いものがありそうです。このあたりは、来年度の秋季企画展「(仮)木器展」に向けて資料を集めたいと考えています。
 ともかく、11月29日(土)〜2月1日(日)開催の「縄文土器展」に展示する土器を借りに行った際、阿久遺跡の森では、昼休みだけで大収穫になりました。これで、12月20日(土)に予定している「縄文風クリスマスリース作り」の材料を補充することができ、ホッとしています。
 また、阿久では、美味しそうなクリもたくさんの実をつけていました。豊富なクリやドングリを目の当たりにすると、それらを調理し、アク抜きに利用した「深い鍋」(深鉢形土器)の重要性がわかります。生活を支えた深鉢形土器に、感謝と祈りを込めて飾りを貼り付けた気持ちも頷けます。

木器処理室より11 阿久遺跡の森でクリとドングリ確保
阿久遺跡の森:クリ・ドングリがたくさんなっていました
木器処理室より11 阿久遺跡の森でクリとドングリ確保
かろうじて実をつけている歴史館のクヌギ
[ 2014-10-15 ]

秋季企画展より

イベント

 秋季企画展「信濃武士の決断 〜信長・秀吉・家康の時代〜」が開幕して2週間が経ちました。おかげさまで多くの皆様にご来館いただいています。真田・屋代・依田氏等の信濃武士が「どのように生き抜いたのか」「次の時代にどのように引き継いでいったのか」、展示資料をもとにじっくりと思いを寄せられている姿を伺うことができます。
 初日9月27日(土)の講座には大勢の方にご聴講いただき、その後の展示解説にも足を運んでいただきました(写真1・2)。その中には「戦国時代に興味がある」という小学生3人組も。
 このような展示は本館では当分ございませんので、開催は残り1ヶ月となりましたが、是非おいでください。今後も各種企画を計画しています。

 ◎10月19日(日)13:30〜 ギャラリートーク
 ◎10月25日(土)13:30〜 講演会「織豊時代の終焉と天下統一」井原今朝男氏
 ◎10月26日(日)13:30〜 イベント「屋代城に登ろう」(※ハガキまたはFAXによる事前申込が必要です。)
 (いずれも、詳細は「企画展のご案内」よりご参照ください。)

 図録についてのお問い合わせも数件いただいています。お買い求めいただく場合は、1階・ミュージアムショップにて販売中です。郵送をご希望の方は、当館管理部(026-274-2000)までお問い合わせください。

秋季企画展より
秋季企画展より
[ 2014-10-08 ]

頑張ってます!中学生の職場体験学習

お知らせ

 9月25日(木)に千曲市・屋代高校附属中学校2年生1名の職場体験学習がありました。たった一日だけの職場体験学習でしたが、非常に内容の濃い学習ができました。
 午前中は、古文書書庫に入って史料整理の意味や方法を学んだ後、実際に閲覧史料の整理作業に取り組みました。一定のルールに従って分類されている史料を元あった場所に戻していく地道な作業ですが、県立歴史館ではとても大切な仕事です。Sさんも自分に任された仕事の責任の大きさを感じていたようです。
 午後は、東京都から長野へ宿泊学習にやってき中野区立新山小学校6年生への展示解説にチャレンジしました。S君の担当は鎌倉時代の善光寺門前の解説でした。事前に準備してきた説明原稿を握りしめ、小学生の反応を見ながら落ち着いて展示解説している姿は非常に頼もしく、中学生とは思えないような堂々とした姿でした。
 午後の後半には、土器や石器や古銭など考古資料の整理作業に取り組みました。実際に閲覧希望のあった考古資料を遺物収蔵庫の棚から取り出す作業をしながら、県内出土の本物の和同開珎を手にとって見ることができたようで、本物のもつ資料の輝き以上にS君の目が輝いていました。たった一日だけの職場体験学習でしたが、社会で働く上で大切なことや仕事としての博物館職員のやり甲斐を感じてくれたらうれしいです。

頑張ってます!中学生の職場体験学習
職場体験学習の様子から(屋代高校附属中学校)
[ 2014-10-01 ]

歴史館中庭のドングリを使ってクリスマスリース作り(12/20予告)(木器保存処理室より10)

イベント

 9月に猛暑が続いた近年に比べ、今年は、秋の気配が早く感じられ助かります。しかし、歴史館中庭のコナラにはほとんど実がありません。なぜ、コナラの実が気になるかと言うと、冬季展のイベントで「縄文風クリスマスリース作り」を計画しているからです。
 「縄文とクリスマスを合わせるとは何ごとか」とお叱りを受けるかも知れませんが、対象は保育園から小学校低学年の子ども達と保護者に絞っています。縄文時代への関心がほとんどない世代に、ドングリが大事だったということを知ってもらえれば、成功と考えてます。歴史館裏山で採れるアオツヅラフジやアケビの蔓で輪を作り、クヌギやコナラ・ミズナラ・クルミ等、当館中庭の「縄文の森」の恵みを使う予定です。
 さて、これまでは、農耕が始まったから定住生活ができるようになった、というのが定説でした。ところが、縄文時代初頭(約1万年前頃)にはじまった温暖化で、北半球の中緯度地帯がドングリ等の森で覆われることになり、大型獣を捕まえにくくなり、定住生活に移らざるを得なくなった、という説が有力になってきました。農耕は、その後にはじまったのです。重要なのは、イノシシ・シカや魚に加え、大きく増えたドングリ類を食生活に使うことです。
 縄文時代の日本列島、特に東日本地域では、深い鍋が発達します。寒い冬に鍋料理もよいのですが、ドングリの中でもエグ味のある類は、アク抜きの必要があります。深い鍋(深鉢形土器)は、こんな時にも重宝したと考えられます。生活を支える深い鍋への思慕、信頼、祈り、そんな気持ちから、深鉢形土器への過剰な装飾が発達していった可能性があります。

★11月29日(土)〜2月1日(日)「縄文土器展 デコボコかざりのはじまり」ご期待ください。

歴史館中庭のドングリを使ってクリスマスリース作り(12/20予告)(木器保存処理室より10)
クヌギは青い実をつけている(歴史館の脇)
[ 2014-09-18 ]

漆製品の調査と保存処理(木器保存処理室より9)

イベント

 来年秋に予定されている「(仮)木器展」に向け、新潟県へ出土木製品の調査に行ってきました。主な目的は、長野県内で発見例がほとんどない縄文時代の漆製品の調査です。樹木と人が関わり合う歴史において、縄文時代は、樹木利用が本格化する時代にあたります。それを象徴する事例の一つが漆(ウルシ)です。そして、その後の長い歴史の中で、漆器が「ジャパン」と呼ばれるように、日本を代表するモノになっていきました。
 当館でも、東條遺跡などの出土漆製品(写真1)を所蔵していますが、保存処理が完了したものはごくわずかです。漆器は、木の器本体部分と、表面の漆部分の性質が異なるため、手間暇かけて処理しないと、漆塗面に皺が寄ったり、剥がれ落ちてしまったりする危険性があります。今後、通常の木製品処理に忙殺される合間を縫って、少しずつでも手をつけていきたいと考えています。
(写真2)屋代城跡で見つけたウルシ科の樹木
 ところで、ウルシは縄文時代草創期に大陸から持ち込まれ、前期に本格的な利用がはじまったとされています。しかし、野生化した例はわずかで、現在でも、栽培したものがほとんど。先日、屋代城跡の遊歩道を上っていくと、比較的日当たりのよい所にウルシ科の樹木が密生していました(写真2)。ウルシ科には、ウルシ以外にも、ヤマウルシ、ヤマハゼ、ヌルデ、ツタウルシなど、かぶれる仲間が多いので、注意しましょう。

漆製品の調査と保存処理(木器保存処理室より9)
写真1
漆製品の調査と保存処理(木器保存処理室より9)
写真2
[ 2014-08-12 ]

長野県内の小・中・高校の校歌に多く出てくる山は?

イベント

 今年6月、長野県内の小学校・中学校・高等学校に校歌の中に出てくる山についてのアンケートを実施させていただきました。おかげさまで、すべての学校の校歌を知ることができました。ご協力ありがとうございます。
廊下に掲示しているアンケート結果 その回答をもとに集計・分析を加えさせていただきました。地形との関係、それぞれの地域で親しまれている山や存在感のある山など、納得することから意外な結果まで、考えさせられることが多かったです。
 ここで問題です。

○県内600校超のうち、70校以上の学校に登場し、見事1位に輝いたのはどの山(山脈)でしょうか。
○上位20位の中に県外の山が1つだけ含まれています。どの山でしょうか。
○北信五岳の中で突出して多く出てくる山はどこでしょうか。また、この山を詠う校歌のうち、山頂からの距離がもっとも遠い学校はどこでしょうか。

 答えは、当館にお越しいただき、ご確認ください。企画展示室の廊下に掲示しています。
      *      *      *
当館入口の夏季展看板 7月26日(土)より、夏季展「山とともに生きる」が始まりました。「信州山の日」制定を記念して、信州での山と人びとの関わりをあらためて振り返る場となれば幸いです。
 黒曜石の原石・石器、食事や祈りのための石器、産業資源としての木材利用に関する資料、近代登山をめぐる道具や著作、絵画、観光パンフレットなど、豊富な展示資料をご用意しております。
 約1ヶ月間限定の企画展です。多くの皆様の来館をお待ちしております。

長野県内の小・中・高校の校歌に多く出てくる山は?
長野県内の小・中・高校の校歌に多く出てくる山は?
[ 2014-07-29 ]

職場体験学習

お知らせ

 7月8日(火)と9日(水)の2日間にわたり、長野市立篠ノ井西中学校2年生5名の職場体験学習がありました。
 古文書の整理 1日目は、社会見学で歴史館を訪れていた東京都の小学校6年生の学校解説の見学や、閲覧室で図書の整理や配架作業に取り組みました。学校解説を行った職員にインタビューをしながら展示解説の工夫や仕事のやり甲斐について学んだり、歴史館で受け入れた書籍を指定された棚に配置したりして、来館者が閲覧図書をよりよく利用できるように地道な作業重ねていることを感じ取っていたようです。
 2日目は、8月の「歴史館で夏休み」の石のアクセサリーづくりで販売する勾玉キットの製作を行いました。4センチ四方の滑石に電気ドリルで穴をあける作業を汗だくになって取り組みました。また、考古資料課では考古学的な遺物の整理について話を聞いたり、文献史料課では古文書や行政文書の保存の意味や史料の活用について話を聞いたり、実際に配架作業にも取り組みました。
 行政文書の整理 2日間の職場体験を通して、5名の生徒たちが過去の歴史と向き合う仕事の面白さや地道にコツコツと作業を積み重ねていくことの大切さを感じ取ってくれていたら、うれしいです。
 次回の中学生の職場体験学習は、9月に千曲市立埴生中学校の2年生の皆さんが行います。生徒たちが目を輝かせる姿が今から楽しみです。

※当館では、年間5〜10校程度の職場体験学習をお引き受けしています。詳細については、お問い合わせください。

職場体験学習
職場体験学習
[ 2014-07-15 ]

県内最古の「蘇民将来符」、保存処理はじまる(木器処理室より8)

お知らせ

 6月初旬、永らく冷蔵保管していた木簡の保存処理に踏み切りました。中には、平成18年度に「県内初出土!県内最古!」と注目された千曲市東條遺跡出土の「蘇民将来符(そみんしょうらいふ)」(写真1)も含まれています。
 蘇民将来符は、蘇民将来という人が旅人(実は薬師如来の化身の牛頭天王)に宿を貸した際、旅人に言われたとおり、代々「蘇民将来子孫人也」と書いた札を門口にかけたところ、子々孫々まで無病息災で繁栄した、という伝承にちなんで作られた護符です。今では、大きなにぎわいを見せる上田市信濃国分寺の八日堂縁日が知られています。
 ちなみに、信濃国分寺の例は六角柱(写真2)ですが、全国各地にはさまざまな形の例があり、木札状のものや、紙でできたものもあります。東條遺跡例は、薄い木札で、長さ約23センチ弱、幅3センチ弱、厚みは1ミリ程度です。表に「蘇民将来子孫人□□」(□内は判読不明)、裏には陰陽道(おんみょうどう)でセーマンと呼ばれる「☆」が一つ付いています。
(写真2)わが家にもある信濃国分寺の蘇明将来符 13世紀後半〜14世紀の室町時代窪地から出土しており、県内最古の例とされています。全国で80例余り出土しており、古い例では、奈良時代にさかのぼる京都府の長岡京跡の例があります。
 今年度内に、保存処理を済ませ、来年には、みなさまにお目にかける機会をつくりたいと考えています。平成27年度の秋頃の予定です。ご期待ください。

県内最古の「蘇民将来符」、保存処理はじまる(木器処理室より8)
県内最古の「蘇民将来符」、保存処理はじまる(木器処理室より8)
[ 2014-07-10 ]

ヒノキ材が活躍する保存処理(木器保存処理室より7)

お知らせ

 木器保存処理室では、連日30℃近くまで室温が上昇するようになりました。そんな中、千曲市社宮司遺跡、東條遺跡等の木製品を沈めたPEG槽で、濃度を上げる作業をおこないました。溶液温度が50℃を超えるPEG槽の蓋(ふた)を開け、ゴーグル・マスクなどをつけた状態での作業のため、体感温度はなかなかのものでした。
 今回は、3週間ほどかけて、小学校のバックヤード探検や、他業務の合間を見ては、毎日コツコツと作業を重ね、6月初旬に、C槽を20%→40%、B槽を40%→60%に濃度を上げました。考古資料課職員のほか、ボランティアさん2名にもお手伝いいただき、たいへん助かりました。
 この作業にあたっては、昨年度導入した電動撹拌機(写真:台に固定したもの)が、大活躍しました。しかし、微妙な溶剤の撹拌には手作業が一番で、ここで活躍したのがヒノキ製のかき回し棒です。写真のように、ヒノキは、左手でPEG粒を振りかけながら、右手一本でも扱えるほど軽く、そのうえ強度があり、通直で耐朽性にも秀でている優れものです。
 ところで、遺跡から出土する木製品を見ると、西日本では古来から、建築材をはじめとして多用途にヒノキが利用されていたようです。しかし、長野県の古墳時代〜平安時代の資料では、ヒノキに近いサワラを大量に利用していたことがわかっています。なぜ、サワラだったのか、今後調べていきたいと思います。

※PEGについては、過去の記事(「木器保存処理室より」…第1回・第2回・第4回)にも詳しくありますので、あわせてご覧ください。(新しいウィンドウで記事が開きます。)

ヒノキ材が活躍する保存処理(木器保存処理室より7)
[ 2014-06-10 ]

屋代の低地に広がっていたケヤキとケヤキ製品(木器保存処理室より6)

お知らせ

 前回、屋代地区にはカツラやケヤキの茂る低地林があり、それが、弥生時代中期以降の水田開発によって消滅した、という話をしました。現在、ケヤキ(欅)は、神社境内などで比較的多く見られます。歴史館に近い場所では、武水別神社の社叢が、県の天然記念物に指定されています。逆に言うと、単独で信仰の対象になるか、あるいは指定することで保護しなければ、大木や森林は残っていけないのが現状です。
 一方、身近にあって手に入りやすく、加工にも向いていたケヤキは、さまざまな製品に使われてきました。飛鳥〜奈良時代の屋代遺跡群出土品を見ると、大形品では、神聖な「水辺の祭祀」で水を流す木樋に選ばれた一方、雑木として河岸の杭にも使われていました。また、小形品には、ろくろを使って加工した挽物(ひきもの)の盤や皿、ノミや小刀で刳り抜いて作った刳物(くりもの)の槽(そう)や、乗馬用の壺鐙(つぼあぶみ)が見つかっています。さらに、繊細な細工が必要な櫛の素材にも利用されました。
 現在、保存処理中の社宮司遺跡(平安時代)では、建物の柱を支える礎盤に利用された例が多くみられます。さらに、室町時代の東條遺跡では、主に漆器椀の素材に使われており、下駄や建築材なども認められます。今年度後半から来年度にかけて、順次、間近で観察できるようにする予定です。

屋代の低地に広がっていたケヤキとケヤキ製品(木器保存処理室より6)
屋代の低地に広がっていたケヤキとケヤキ製品(木器保存処理室より6)
[ 2014-05-15 ]

にぎやかに開催!「歴史館でこどもの日」

イベント

 5月5日(月)、「歴史館でこどもの日」イベントがありました。あいにくの小雨模様でしたが、大勢の子どもたちや大人の方にご来館いただきました。
 屋外展示場では、「石のアクセサリーづくり」があり、まが玉やハート型など思い思いの形となる石のアクセサリーづくりの製作に、夢中になって取り組んでいました。1時間半ほどで世界にたった一つだけの石のアクセサリーが完成です。
 常設展示室入口では、「縄文人になって遊ぼう」コーナーがあり、本物の土器を持ち比べたり、縄文人のアンギン編み衣装を身につけて記念撮影をしました。黒曜石を使って紙を切る体験コーナーもありました。「すごい。思ったよりシュッと切れるね」と、体験した方の声。記念の缶バッジのプレゼントも大好評でした。

 どちらのイベントも「子ども好き」「歴史好き」のボランティアの皆さんが運営を支えてくださいました。感謝です!
 8月8日〜10日には、「歴史館で夏休み」イベントを予定しています。大勢の皆様のご来館をお待ちしております。次回もお楽しみに。

にぎやかに開催!「歴史館でこどもの日」
にぎやかに開催!「歴史館でこどもの日」
[ 2014-05-05 ]

屋代・雨宮低地にあった桂の林と、カツラ材の保存処理(木器保存処理室より5)

お知らせ

 4月半ばを過ぎ、当館の木々も若葉が芽吹きはじめました。ハート型をした葉(写真1)は、カツラ(桂)です。カツラ科カツラ属の日本特産の落葉広葉樹で、当館駐車場では、写真のように葉脈がやや赤みがかかった木と、赤みのない木が並んであります。
 実はこのカツラ、約2000年前までは、当館周辺の低地一帯に広がっていました。
 平成4年、屋代遺跡群(高速道の五十里川と交差する地点から北側)の発掘調査で、縄文時代晩期の地層(?層)上面から、炭化した樹木痕がたくさん見つかり、樹種を調べてみるとカツラとケヤキでした。南側の更埴条里遺跡側でも同じ状況が見られたため、縄文時代には、広く樹木におおわれていたことがわかったのです。
 ところが、弥生時代中期(2200〜2300年前以降)になると、同じ場所に水路が設置され、本格的な水田開発がはじまりました。これ以後、「屋代たんぼ」へと景観が大きく変貌していったことが、発掘調査によって裏付けられたのです。
 一方、屋代遺跡群6区(更埴ジャンクションの少し南側)では、奈良時代(約1250年前)の川にかかる杭列(橋脚か)にカツラ材が使われており、一昨年ようやく、保存処理が終了しました(写真2)。また、千曲川対岸の社宮司遺跡では、平安時代(約1000年前)の柱を支える礎盤などにカツラ材が使われており、現在、保存処理作業を進めているところです。
 このように、水田開発で低地林が伐採された後の奈良・平安時代でも、身近な材として、カツラが使われていたことがわかります。
 当館の庭木、あるいはお近くの神社の境内などで、ハート型の葉を見たら、屋代低地などでの、カツラとヒトの長い付き合いの歴史を思い出してみてください。

屋代・雨宮低地にあった桂の林と、カツラ材の保存処理(木器保存処理室より5)
屋代・雨宮低地にあった桂の林と、カツラ材の保存処理(木器保存処理室より5)
[ 2014-04-22 ]

「長野県の遺跡発掘2014」 始まりました!

イベント

いよいよ、速報展「長野県の遺跡発掘2014」が始まりました。
6月1日までの会期中、速報展のみどころを随時ご紹介いたします。
今回の速報展では、約3万年前の旧石器時代から江戸時代まで幅広い時代の遺物を展示しています。
第1回目でご紹介するのは、水晶製の石器です。
南佐久郡南牧村野辺山の矢出川第?遺跡から出土しました。
水晶は、主成分がガラスや黒曜石と同じ二酸化ケイ素ですが、硬すぎて粘りがないため、打ち割ると細かく砕けてしまい、石器の材料にはあまりむいていません。
今回の調査では23点の水晶が見つかり、中には写真のように5〜7センチの大きな水晶もあります。作り方から約3万年前の石器と考えられています。この頃の遺跡で大きな水晶がまとまって見つかったのは初めてです。
まさしく「キラリと光る」逸品です。

「長野県の遺跡発掘2014」 始まりました!
水晶製の石器(縦5.6cm 矢出川第?遺跡 南町村)
[ 2014-03-23 ]

池田鉄道沿線案内

お知らせ

鳥瞰図付きパンフレットからは現存しない鉄道の存在も明らかになります。
今日紹介する「池田鉄道」もその一つ。

池田鉄道は1926(大正15)年に、開業した私鉄線です(安曇追分−北池田)。
池田町は当時、製糸業で栄えた地域の中心地でした。

鉄道敷設の理由は不明。
物資運搬を考えたのでしょうか、それとも観光誘致のためでしょうか。
いずれにしろ経営難に陥り、1938(昭和13)年に廃業となりました。

わずか12年で姿を消した池田鉄道。
その沿線案内の鳥瞰図を展示中です。

池田鉄道沿線案内
[ 2014-03-02 ]

吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」2

お知らせ

鳥瞰図の面白さは意外性と細部にあります。
たとえば今回の画像。
「長野県之温泉と名勝」から一部分を拡大していますがどこかわかりますか?

中央の湖は諏訪湖です。
そしてその左下は 

・・・

一山越えて富士山ですね!
この実際とは違う位置関係をさも当たり前のように描いてしまう面白さ。
鳥瞰図にはこんな楽しみもあります。

多くの鳥瞰図には「こんなところに!?」
という場所に富士山が登場します。
意外な場所に描かれる富士山を探してみてください。

吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」2
[ 2014-02-16 ]
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