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吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」

お知らせ

今回から展示資料をご紹介します。

初回は、今回の目玉である吉田初三郎「長野県之温泉と名勝」。
この資料は2年ぶりのお披露目ですが、
展示のために巻物状に保存されていた作品を開いたときには、
あまりの色彩の美しさに職員からも「お〜!」という、
感動の声があがりました。

1932(昭和7)年、吉田初三郎が長野県の依頼により制作した作品です。
全幅4mを越える大作で、1935(昭和10)年に長野県観光協会が、
この作品を利用して「観光信州」という鳥瞰図付きパンフレットを製作しました。
その後、大切に保管されていたため保存状態がよく、
現在でも制作時に近い見事な色彩を楽しむことができます。

また、現在この作品を展示している台は、
なるべく近くでご覧いただきたいとの思いから、
2年前に製作した専用のものです。

今回必見の「長野県之温泉と名勝」。
担当者としても多くの方々に直接ご覧いただければと思います。
ぜひ歴史館へお越しください。

次回はこの資料の内容をご紹介します。

吉田初三郎「長野県の温泉と名勝」
[ 2014-02-07 ]

「戦前の観光信州」始まりました

イベント

2月1日より「戦前の観光信州」が始まりました。
この週末は予想以上に多くの方々にご来館いただき、感謝しております。
ご観覧いただいた方々からは
「こんな所に富士山が!」
「青森がかいてある。あ、こっちにも!」
「こんなところに電車が走っていたんだ!」などの声が聞こえ、
鳥瞰図を楽しんでいただけたようです。

お住まいの地域の昭和初期の姿をみに、ぜひ歴史館にお越しください。
次回からは展示資料の紹介をしたいと思います。

「戦前の観光信州」始まりました
[ 2014-02-05 ]

「戦前の観光信州」準備中です

イベント

はしごに登って高所での作業、重い台の運搬、くぎ打ちなどなど・・・
これが学芸員の行う、展示会前の準備作業です。もちろん資料自体を扱う作業もありますが、それに伴う地道な作業が“8割”といったら言い過ぎでしょうか。意外と体力勝負です。
現在準備しているのは、2月1日(土)から始まる館蔵品展「戦前の観光信州」。今回の主役は、空高く舞い上がった鳥の視点で観光地を描いた鳥瞰図です。これを紹介しながら昭和初期の信州の観光を振り返ります。
なるべく頻繁にブログで情報発信しますのでお楽しみに!

「戦前の観光信州」準備中です
準備風景
[ 2014-01-30 ]

屋代遺跡群出土木製品の取り上げ開始(木器保存処理室より4)

お知らせ

現在、PEG含浸(木器処理室より2参照)による保存処理を進めています。先頃、E槽が開始から2年を経過し、千曲市屋代遺跡群出土品など1,287点の取り上げが可能になりました。そこで、1月8日(水)から、ボランティアの方を含めた5人前後で、一日平均200点、週2日ほどのペースで、取り上げを行っています。
 「どうして一気にとりあげないの?」 とお思いでしょうが、それにはわけがあります。
 60℃前後に保たれた含浸槽内で液体だったPEGは、室温にさらされると急速に固まります。木製品内部は、これによって補強されますが、問題は木製品の表面です。「熱っちっち・・・」などと言いながら取り上げた木製品には、ドロドロのPEGがべったりと付き、黒ビカリしています(下写真)。これを素早く拭き取らないと、真っ白く固まってしまうのです。少しでも時間が経過してしまうと、例えば、白砂糖をまだらにコーティングしたおせんべいのようになってしまいます。こうなると、木製品を傷つけずに白い塊を外すには困難が伴います。そのため、“一人一点必殺”の手順で、素早く作業を進める方法をとっています。
 とは言え、そこは脆弱な出土木製品なので、早さだけを追求するわけには行きません。細心の注意を払い、木製品が毛羽立ったり、破損しないように慎重に拭き取らなくてはならないのです。熟練の技が発揮される場面です。
 と言うことで、いっぺんにたくさん処置するわけにも行かず、神経もすり減るため、1月末頃までかけて、順次、取り上げていく予定です。
 今回の木製品は、報告書に掲載し切れなかったモノがほとんどですが、馬形木製品の脚と思われる棒状製品や建具などの部材片等が含まれていました。奈良時代の屋代地域における木工技術を復原するには、貴重な資料となりそうです。ただし、展示までには、まだいくつもの工程が残っているため、お披露目できるのはもう少し先になります。

屋代遺跡群出土木製品の取り上げ開始(木器保存処理室より4)
[ 2014-01-21 ]

名主(なぬし)の決死の覚悟が読みとれる古文書 冬季展「山国の水害」より

お知らせ

寛保2年(1742)8月27日から30日(旧暦7月27日から8月1日)にかけての豪雨により、死者約3,000人と言われる千曲川最大の洪水「戌(いぬ)の満水(まんすい)」が発生しました。被害は千曲川上流では支流の土石流、下流では本流の洪水によるものでした。被害の状況が各地に残されており、本資料はその一つです。延徳(えんとく)田んぼ23カ村の名主(なぬし)が直訴願書をもって江戸へ行ったこと、帰ってきた18カ村の名主の身なりが、旅費が足りなくなったために乞食のようだったこと、などが書かれています。決死の覚悟での直訴だっことがわかります。

名主(なぬし)の決死の覚悟が読みとれる古文書 冬季展「山国の水害」より
「寛保(かんぽう)三年亥(い)二月 江戸表(えどおもて)ニテ高井郡廿三ヶ村飢人夫食(うえにんぶじき)御拝借(ごはいしゃく)御直訴(おんじきそ)願書(ねがいがき)写」(小布施町郷原神社蔵)
[ 2014-01-07 ]

善光寺地震がわかる一級史料 冬季展「山国の水害」より 

イベント

弘化4年(1847)5月8日(旧暦3月24日)、マグニチュード7.4と推定される善光寺地震が発生しました。善光寺では御開帳が開催されていたため多くの人的被害を出しました。この地震の被害状況、岩倉山の崩壊と犀川の塞き止め、復旧対策の様子などを詳細かつ客観的に記録したものが『むし倉日記』です。著者は松代藩家老河原(かわら)綱徳(つなのり)で、真田家の歴史書『真田家御事蹟稿(ごじせきこう)』の編者でもあります。河原綱徳が、月番家老で情報を把握できる立場であったこと、当時松代藩きっての能筆家であったことから、本書は善光寺地震を知ることができる一級の史料です。本書は、『むし倉日記』の原本であり、河原家から『信濃史料』の編纂に取り組まれた米山一政氏に寄贈され、その後米山一政氏から県立歴史館に寄贈されたものです。

善光寺地震がわかる一級史料 冬季展「山国の水害」より 
むし倉日記(江戸時代 当館蔵)
[ 2013-12-12 ]

PEG槽に入る社宮司(しゃぐうじ)遺跡の木器たち (木器処理室より2)

お知らせ

遺跡から出土した木器はとても弱く、そのままでは遠い将来まで残しておくことができません。そこで、ポリエチレングリコール(PEG)という合成樹脂を、木器に染み込ませる方法で保存処理を行っています。
 まず、大型ステンレス槽(写真の左側に見えるもの)にPEG溶液を満たし、そこに添え木や綿などで保護した木器を浸していきます。PEGを無理なく、まんべんなく木器に浸透させるため、最初は、20%のPEG溶液からはじめます。その後、3〜4ヶ月ごとに順次濃度を上げ、約2年ほどかけて、100%のPEGが木の細胞のすき間全体に行き渡るようにします。この間、PEGが一部分に偏って固まらないようにするため、常時、PEG槽を加温・循環させておきます。
 現在、3つの槽を稼働していますが、これに加え、10月18日(金)〜27日(日)の間に、4槽目へ木器を浸す作業を行いました。
 今回は、千曲市:社宮司遺跡出土品を中心に、1,900点余りが対象です。社宮司と言えば、県宝に指定された六角宝幢(ろっかくほうどう)が出土した遺跡です。今回、宝幢と同じ溝で眠っていた平安時代の木製品が多数PEG槽に入りました。保存処理後には、晴れて展示室デビューができます。さらに、条件さえ整えば、安心して手に取って研究を進めることも可能になります。ご期待ください。
 実は、木器をPEG槽に入れる前にも一仕事あります。この辺については、次回のブログでご紹介したいと思ってます。

※六角宝幢=木製の仏教関係の塔で、平安時代の出土例としてはひじょうに珍しい。赤外線で撮影した画像をデジタル処理すると、全面に仏画が描かれていることがわかった。法会の際の荘厳具説、供養塔説などがある。

PEG槽に入る社宮司(しゃぐうじ)遺跡の木器たち (木器処理室より2)
1点1点チェックしながら、PEG槽投入用のカゴに木器を並べる
[ 2013-11-21 ]

普及・公開の殿堂「平出遺跡」おそるべし!

お知らせ

10月19日(土)、考古学講座「遺跡探訪バスツアー」で、松本・塩尻方面を訪れました。今年は、松本市立博物館で開催されている「発掘された日本列島2013」を中心に、松本市立考古博物館と塩尻市平出博物館の関連展示、さらに松本城二の丸の石垣改修工事現場、史跡整備事業が完了した平出遺跡公園などを見学しました。
 解説をしていただいた各施設担当者の熱が伝わったためか、説明に耳をかたむけるだけでなく、次々と質問が出て、時間が足りなくなる場面が多々ありました。時計を気にしながら先を急がせた添乗員(下写真で蛍光色ジャケット着用)としては心苦しいばかりでした。解説してくださったみなさんありがとうございました。
 平出博物館では、「昭和25年の発掘に学生で参加していた・・・」とか、「初任地がすぐ近くで・・・」とか、「昭和30年代、(改築前の)博物館に遠足で来た・・・」等々、平出遺跡にまつわる思い出話が、次々と飛び出しました。昭和〜平成を通じ、長年、発掘調査と保存活動、普及・公開活動に力を入れてきた平出遺跡関係者の底力と蓄積を見せられたようでした。「う〜む!平出遺跡おそるべし!」といった感じです。
 今、県立歴史館を訪れてくれる小・中学生たちも、数十年後に、何らかのイベントで再訪してくれた折り、「勾玉作りが楽しかったよね」とか、「私の時のナウマン象は・・・」とか、「昔も今も、ていねいに解説してくれて・・・」等々、歴史館のことをネタにして、見知らぬ人同士で、話に花が咲くと嬉しいのですが・・・。平出遺跡を訪れて思いを新たにした添乗員でした。
・松本まるごと博物館 http://www.matsuhaku.com/maruhaku/guide/shiritsu/
・松本城管理事務所

http://www.city.matsumoto.nagano.jp/shisei/buka/kyoikubu/gyoum.html

・平出博物館
http://www.city.shiojiri.nagano.jp/tanoshimu/hakubutukan/hiraidehakubutukan/

普及・公開の殿堂「平出遺跡」おそるべし!
[ 2013-11-01 ]

企画展示室より

お知らせ

美濃出身の藤原信舎(ふじわらのぶいえ)は、安土桃山時代から江戸時代初頭にかけて、諏訪で作刀した、信濃ゆかりの刀工です。本作は、第二次世界大戦後の昭和20年代初頭にGHQが接収した、いわゆる「赤羽刀(あかばねとう)」の中の一点で、平成7年に成立した「接収刀剣類の処理に関する法律」により、国から長野県に無償譲与されました。銘文に「信州諏訪住」と明記されている貴重な作例です。
今回紹介した刀は、長野県立歴史館で11月4日(月)まで開催中の秋季企画展「刃が語る信濃」で展示しています。ぜひご観覧ください。

企画展示室より
刀 銘 信州諏訪住藤原信舎
[ 2013-10-23 ]

企画展示室より「武人埴輪を描こう!」

お知らせ

現在公開中の秋季企画展「刃が語る信濃」では、子ども向け企画として、展示室内資料を描く行事を行っています。描くことで、資料をじっくり見ていただき、様々な作品が出来上がっています。武人埴輪だけでなく、美しく装飾された刀の拵(こしらえ)を描いた作品もあり、様々に楽しんで頂いています。出来上がった作品は、企画展示室入口で紹介しています。この企画は、会期中の土曜・日曜・祝日、展示室内にて行っています。画材は無料でお貸ししています。入口の係員に、お声がけください。観覧の思い出に、いかがでしょうか。

企画展示室より「武人埴輪を描こう!」
[ 2013-10-09 ]

企画展示室より

イベント

長野県立歴史館では、9月14日(土)〜11月4日(月)まで、秋季企画展「刃が語る信濃」を開催し、弥生時代から現在までの信濃ゆかりの刀剣を展示しています。今回は「直刀」について紹介します。
古墳時代の刀は、反りがなく真っ直ぐなのが特徴で、直刀と呼ばれます。この時期の刀のもう一つの特徴は、非実用的なほど長くなり、装飾が施されるようになったことです。戦闘より装飾的な要素を強め、所有者の権威を示す威信材としての役割が強くなります。ヤマト政権下で一元的に生産され、地方に配布されたと考えられます。陣馬塚古墳出土品の中には、全長が1メートルを超える直刀があり、鞘から抜きにくく実用性はなかったことでしょう。また、鐔などに当時としては珍しい銀をはめこんだ装飾(銀象嵌)が施されています。
紹介資料は、企画展示室にて展示中です。

企画展示室より
直刀 古墳時代 上田市陣馬塚古墳出土
[ 2013-09-28 ]

企画展示室より ◇ 埴輪登場 ◇

イベント

9月14日より開催中の秋季企画展「刃が語る信濃 武器、象徴(シンボル)、そして芸術(アート)へ」では、企画展示室中央に二体の埴輪が展示品を見守るように立っています。これは、重要文化財 高崎市観音山古墳出土品 「埴輪 振り分け髪の盛装男子」と「埴輪 桂甲に身をかためた男子」です。二体の埴輪が群馬県を出るのはこれがはじめてとのこと。慎重に梱包をとき、無事展示を終えるのに、まる一日かかりました。写真は展示作業の様子で、「埴輪 振り分け髪の盛装男子」の梱包をといているところです。担当学芸員が慎重に状態を確認しています。その様子を見守っているのがもう一体の「埴輪 桂甲に身をかためた男子」です。どちらも刀を身につけた姿をしています。重要文化財を間近に御覧頂けるまたとない機会です。展示室中央にて、二体の「埴輪」が皆様をお待ちしております。

企画展示室より ◇ 埴輪登場 ◇
展示作業
[ 2013-09-15 ]

木器処理室より

お知らせ

歴史館1階の奥まった部屋では、粘り気のあるこげ茶色の液体に白い粉を混ぜ、なにやら怪しげな溶液を作っています(写真)。実は、秘かに永遠の若さを保つための魔法の薬を調合?・・・しているわけではありません。

 これは、PEGと呼ばれる合成樹脂で、水槽の中には遺跡から掘り出された木器が沈んでいます。土中で保存されていた木器は、発掘された瞬間から空気に触れて酸化し、乾燥が進んで変形したり、細菌などの攻撃を受けて、急激に劣化します。浦島太郎が海から戻って、玉手箱を開けてしまった状態だと想像してください。

 そこで、木の細胞壁内に残っている水分などをPEGに入れ替えて固定させ、形が崩れるのを防ぐのです。写真の液体は、永遠の若さを保つ・・・とまでは行きませんが、木器がこわれていくのを食い止めるための溶液だったのです。

 ただし、いきなり水分をPEGに置き換えることはできないので、2年近くかけて20%→40%・・・と徐々にPEGの濃度を上げ、木器に染み込ませていきます。水槽全体を80%から100%溶液にするためには、毎日の手作業で1ヶ月近くかかる場合もあります。夏場は、気温35℃を越え、湿度は60%以上になる室内で、作業は続きます。体力と忍耐力と、「文化財を守るぞ〜」という強い意志が勝負になります。

 木器が2階で、「展示室デビュー」を飾るためには、最低でも2年間、木器処理室で地道な準備を重ねなくてはならないのです。

木器処理室より
[ 2013-09-05 ]

歴史館の中庭”歴史の散歩みち”より2

お知らせ

これな〜んだ?!【その2】

 ぶどうの房のように実がなっています。
 秋には、”歴史の散歩みち”に、たくさんの実が落ちます。

 これは、オニグルミの実です。

  ”歴史の散歩みち”には、この外にも様々な植物・屋外展示品があります。
 お立ち寄りの際は、ぜひ、中庭も御覧下さい。

 なお、クルミは縄文時代に食用とされ、大量に保管・加工していた跡が発見されています。
 常設展示室、原始の環境復元展示スペースの壁に、「貯蔵穴(ちょぞうけつ)」断面を紹介しています。
 「貯蔵穴」とは、食料などを貯めていた穴の総称です。
 常設展示室の事例は、中野市栗林遺跡で発見された穴の断面で、下の部分にクルミの殻が確認できますが、調査により、中央部分にもクルミの断片が土に混じっていることがわかっています。今風に言えば、クルミの保存・加工工場の跡ではないか、と言われています。クルミを割るのに使われた磨石(すりいし)や石皿なども穴から発見されています。

歴史館の中庭”歴史の散歩みち”より2
●●の実!!
[ 2013-08-28 ]

歴史館の中庭 “歴史の散歩みち” より

お知らせ

これな〜んだ?!

 この植物の実は、タンニンが多いため、食用とするには灰汁抜きが必要です。縄文時代には水にさらす灰汁抜き技術が普及したため、食用とされていました。カロリーも高く、重要な食糧でした。

答えは・・・、トチの実です。
歴史館のトチの木は、たくさんの実をつけています。

歴史館の中庭 “歴史の散歩みち” より
●●の実!!
[ 2013-08-12 ]

生糸製のユニフォーム、展示しています!

お知らせ

諏訪蚕糸学校(現岡谷工業高校)野球部は昭和4年(1929)12月25日から翌年1月18日まで台湾遠征を行い、全勝優勝のカップを手に帰国しました。この大遠征を支えたのが地元の製糸業者です。遠征で着用した生糸製ユニフォームはその象徴といえます。諏訪蚕糸学校はこの昭和5年(1930)、夏の甲子園大会でみごと準優勝を果たしました。大正から昭和初期にかけて全国屈指の強さを誇った信州の中等学校野球は、蚕糸業に支えられた側面があったのです。
夏季企画展「信州の野球史」(8月18日(日)まで開催中)では、本資料をはじめとする諏訪蚕糸学校関連資料などが展示されています。

生糸製のユニフォーム、展示しています!
[ 2013-08-01 ]

社会見学 IN 歴史館

お知らせ

今年度も多くの学校で社会見学の一環として歴史館をご利用いただいています。平日は小学生で大賑わいの展示室で、職員もはりきって展示解説に努めています。 見学後、各学校よりいただくお礼状は、常設展示室入口に掲示させていただき、職員の励みともなっています。ありがとうございます。 これからも歴史館を様々な教育の場でご活用いただけるように、職員一同、御来館をお待ちしております。

社会見学 IN 歴史館
お礼状
[ 2013-07-23 ]

夏季企画展より この逸品!!

イベント

長野県尋常師範学校で教えを受けた若き教師たちが、県内の学校に赴任し、小学生に熱心に野球を指導したことが、当時の日誌などからわかります。本展示会でご紹介する「松本中学主催小学校連合野球大会トロフィー」は、主催者松本中学の校章が手書きされた高さ約80cmの存在感のある逸品です。これは、松本中学が小学生の強化を目的として、地域の小学生を対象に野球大会を主催したときに用意した優勝トロフィーです。当時の小学生球児にとって、あこがれの存在であったと思われます。企画展示室にて、展示中です。
夏季企画展は、8月18日(日)まで開催しています。

夏季企画展より この逸品!!
松本中学主催小学校連合野球大会トロフィー(大正時代 重要文化財旧開智学校校舎管理事務所所蔵)
[ 2013-07-17 ]

夏季企画展がはじまりました

イベント

夏季企画展がはじまりました。
昭和3年、第14回全国中等学校優勝野球大会にて、松本商業が優勝しました。
このときの、深紅の大優勝旗が初めてアルプスを越え、東日本にもたらされました。
本展では、松商学園高等学校所蔵の「深紅の大優勝旗」を展示しています。

夏季企画展がはじまりました
[ 2013-07-02 ]

「掘ってわかった信州の歴史」展が終了しました

イベント

長野県埋蔵文化財センター30周年企画展「掘ってわかった信州の歴史ー長野県の遺跡発掘2013−」が終了しました。多くの皆さまにご来場いただき、ありがとうございました。次は夏季企画展「信州の野球史」です。お楽しみに。

[ 2013-06-04 ]

「掘ってわかった信州の歴史」開催中

イベント

長野県埋蔵文化財センター30周年企画展「掘ってわかった信州の歴史」を開催中です。長野県の歴史を変えた、発掘調査の出土品を多数展示しています。展示会は6月2日までです。

「掘ってわかった信州の歴史」開催中
[ 2013-05-18 ]

冬季展「愛娘の調度品」が終了しました

イベント

今季は降雪量が多く、寒さ厳しい日々が続きましたが、多くの皆さまにご来館いただき、ありがとうございました。
3月2日に行われたイベント「歴史館でひな祭り2」では、企画展示室内でご来館の皆さまと一緒に♪うれしいひなまつり♪ふるさとを合唱しました。歌声が響く展示室内で歴史資料を堪能していただき、珍しく、そして心和むうれしいひと時でした。

冬季展「愛娘の調度品」が終了しました
歴史館でひな祭り2の風景
[ 2013-03-07 ]

冬季展「愛娘の調度品」が始まりました

イベント

冬季展「愛娘の調度品」が始まりました
豪華婚礼道具の優雅な姿に思わずため息がでます。
冬季展「愛娘の調度品」が始まりました
ミニチュア道具に描かれた花や鳥をながめていると、ついつい時間を忘れます。
[ 2013-01-20 ]

連続講座に大勢の人が参加しました

講座・セミナー

「縄文土器展」の連続講座に大勢の人が参加しました。広瀬昭弘さん(長野県埋蔵文化財センター主任調査研究員)には縄文土器のはじまりについてお話いただき、実際に縄や彫刻を施した棒を使って粘土へ文様を付けてみました。また、寺内隆夫さん(長野県教育委員会文化財生涯学習課)には過剰に装飾された中期の土器について、文様の意味を語っていただきました。「縄文土器展」も残すところあと1週間です。多くの皆様のご来館をおまちしています。

[ 2012-12-08 ]

縄文土器展後期展がはじまります

お知らせ

明日から(11月10日)縄文土器展後期展がはじまります。後期展は千曲川流域の縄文土器を展示しました。八ヶ岳山麓とは全く違う独特の縄文土器を、ぜひ、見に来てください。

[ 2012-11-09 ]

講演会に多くの人が参加しました

講演会

「縄文土器展」の講演会が9月29日と10月20日に行われ、大勢の人が参加しました。9月29日は小林達雄先生に八ヶ岳山麓の縄文文化を魅力的に語っていただき、10月20日には三上徹也先生に縄文土器の使い方について、独自の視点から語っていただきました。縄文土器の魅力をあらためて感じた両日でした。

講演会に多くの人が参加しました
小林達雄先生
講演会に多くの人が参加しました
三上徹也先生の講演会風景
[ 2012-10-21 ]

みんなで縄文土器の絵を描きました

イベント

「縄文土器展」にたくさんの小学生が来ました。そして、好きな土器を選んで絵を描きました。特徴をつかみ、とてもよく描けていると思います。絵を見ていると、縄文土器の文様って、こうやって伝わるんだなと思いました。10月21日にも土器を描く体験教室を実施します。皆さん、絵を描きにきてくださいね。

みんなで縄文土器の絵を描きました
みんなで縄文土器の絵を描きました
[ 2012-10-08 ]

「縄文土器展」がはじまりました!

イベント

9月15日(土)から「縄文土器展」前期展がはじまりました。前期展では、約5,000年前の縄文時代中期に八ヶ岳山麓で作られた、縄文土器の名作を展示しています。八ヶ岳山麓の縄文土器は、装飾が豪華で、立体的な文様を付けるのが特徴です。縄文人の顔が付いた土器もあります。豪華な縄文土器を、まとめて見ることができる、またとないチャンスです。ぜひ、見に来てください。このブログでも、随時、情報を提供していきますので、よろしくお願いします。

「縄文土器展」がはじまりました!
塩尻市上木戸遺跡出土の台付土器
[ 2012-09-25 ]

夏季展「戦争と宣伝 阿智村ポスターが語る」が始まりました!

イベント

 下伊那郡阿智村に残されていた、国策宣伝のプロパガンダ・ポスター135枚。これは、昭和12年の日中戦争から昭和20年の敗戦までの国家総力線時代に作られたものです。あちこちにシミやカビはありますが、その色彩は輝き、時代の重みを感じさせる貴重な資料です。
 夏季展では、そのうち72枚を展示し、日本政府はどの様な段階を踏んで国民を戦争へと向かわせたのか、ポスターからその経緯をたどります。終戦記念日を迎えるこの時期、戦争について考えるきっかけにしていただければと思います。
 期間中、土曜日には講演会(8月18日)・講座(8月11/25日)、8月12日から14日には勾玉体験イベントなども開催しますので、多くのみなさんのご来館をお待ちしております。

夏季展「戦争と宣伝 阿智村ポスターが語る」が始まりました!
展示解説に多くの人が集まりました
[ 2012-08-08 ]

学校見学から

イベント

今回は少し前の話ですが、歴史館を訪れた学校と、出前授業の話をしたいと思います。
 松本盲学校の皆さんが来館しました
 5月30日(水)、松本盲学校中学部の5名の皆さんが、見学のため来館しました。常設展示では縄文の竪穴住居の中でカモシカや熊の毛皮の肌触りを直に感じたり、キジのはく製のやわらかさを感じたりして、手から歴史を感じる時間になりました。また、土器や石器を触り、時代の違いや当時の人々の生活に思いをはせる時間にもなり、満足して当館を後にされました。
 山王小学校で土器作りをしました
 5月26日(土)、長野市山王小学校親子合同授業で縄文土器作りを行ないました。当館職員も、講師として参加しました。粘土2?で、思い思いの土器に取り組みました。様々なデザインがあることや、縄文土器特有の縄目文様について説明を受けた後、一斉に作り始めました。児童の皆さんより、保護者の皆さんの方がしだいに熱が入り始めましたが、最後には個性豊かなすばらしい土器が完成しました。

学校見学から
本物の土器に触ったよ!
学校見学から
いろいろな土器ができたよ!
[ 2012-07-05 ]

満洲に渡った人々の消息

イベント

長野県から満洲に渡ったすべての人々の名前と消息(帰還、死亡、未帰還、戦死など)を壁面に展示しています。出身町村や開拓団の名前など、知っている情報をもとに『長野県満州開拓史 名簿編』から、家を出発した日がいつなのか、現地(満洲)最後の場所がどこであったのか、生死の事由など、より詳しい情報を知ることができます。また、『長野県満州開拓史 各団編』からは、それぞれの開拓団や義勇軍の現地での様子を知ることもできます。いずれも、企画展示室と閲覧室でご覧いただけます。

[ 2012-06-22 ]

「満洲を語る」、感想が寄せられています

イベント

 春季企画展「長野県の満洲移民」の関連イベント、「満洲を語る」を聴講されたお客様から、いろいろな感想が寄せられています。今回は、その一部を紹介します。

 ・歴史と感じるには、まだまだ生々しい時代なのだと思った。実際に体験した人の声を聞いて、絶対に風化させてはいけないことだと感じた。 (20代 女性)

 ・今や、体験した人が少なくなっている中で、忘れてはいけない記憶として語り継ぎ、記録に残す必要性を感じた。 (20代 男性)

 ・子どものころ、近所のおばさんから聞いた話と同じに、大変なご苦労をされたのだと感じました。戦争の悲惨を私は体験していませんが、その思いは共有できると思っています。生きた歴史の話を聞くことができ、とてもよかったです。 (60代 女性)

 ・満洲開拓団のご苦労は、書籍などである程度、理解していたつもりですが、内地にいた者の想像を絶する体験をなされたことに言葉もありません。 (70代 男性)

「長野県の満洲移民」は7月16日まで開催中です。関連イベントがまだまだ続きます。今後も随時、来館されたお客様の声を紹介していきます。

[ 2012-06-17 ]

春季企画展「長野県の満洲移民」が始まりました

イベント

 今年は、日中国交正常化40周年の節目にあたります。この企画展を通して、多くの犠牲を払った満洲移民の実態を、旧佐久郡大日向村の人びとの歩みを通して考える場としたいと思います。また、国や民族の違いをこえて、困難な時代を生き抜いた先人の思いにも触れたいと思います。会場には、初日以来多くのみなさんにお出でいただいております。毎週、講座などのイベントを開催しておりますので、多くのみなさんのご来館をお待ちしています。

[ 2012-06-03 ]

ありがとう屋代線 2

イベント

屋代線の廃止が目前となってしまいました。1922(大正11)年に屋代〜須坂間が開業し、その後90年間、毎日地域の住民の足となり、地域の発展に貢献してきました。当館でも、「ありがとう屋代線」という小企画を行っております。今回は合図灯と制動弁ハンドルをご覧いただきます。運転席の後ろの窓からハンドルを握る運転手を見て、運転手に憧れたという記憶をお持ちの方もいらっしゃるのでは。

長野県埋蔵文化財センター速報展と併設して開催しておりますので、ぜひお越しください。

ありがとう屋代線 2
ありがとう屋代線 2
[ 2012-03-30 ]

ありがとう屋代線 1

イベント

3月10日(土)より「ありがとう屋代線」をテーマに小企画展を行ないます。長野電鉄屋代線にまつわる品々を、長野電鉄のご協力をいただき展示します。そういえば、こういう物を駅でよく見たよなぁ、という昔懐かしい鉄道グッズをご覧いただけます。今回はその中から憧れの的だった制帽などをご覧ください。

ありがとう屋代線 1
ありがとう屋代線 1
[ 2012-03-09 ]

悠久の妙なるしらべ

イベント

2月12日(日)にギャラリーコンサート〜二胡と歴史のコラボ〜が、森将軍塚を臨む当館常設展入口特設スペースで行われました。長野二胡楽友会(久保里子主宰)のみなさんをお招きして、悠久の時の流れを感じる二胡のしらべが館内に広がり、約80名の聴衆が二胡の愁いを帯びた音色に魅せられました。歴史館ではまだまだ多彩なイベントが続きます。たくさんの方々のお越しをお待ちいたします。

悠久の妙なるしらべ
悠久の妙なるしらべ
[ 2012-02-12 ]

冬季展報告会が行われました

講座・セミナー

去る、2月5日(日)冬季展関連行事として、「小森の石土手保存活動報告会」が当館講堂で行われました。長野市篠ノ井小森地区の千曲川に江戸時代から明治時代に作られた石を積み上げて作られた土手の歴史に関し、石土手の保存活動に携わっておられる宮本八樹氏、河川改修等の歴史に詳しい滝沢公男氏をお招きしてお話しをいただきました。当日は90名を超える方々にお越しいただき、千曲川の改修に関わった先人の足跡に思いを馳せました。 歴史館では2・3月にさまざまなイベントを用意しております。新着情報にイベント開催のご案内を掲載しております。たくさんの皆様のお越しをお待ちいたします。 (青木)

冬季展報告会が行われました
[ 2012-02-07 ]

冬季展講演会が行われました

講座・セミナー

去る1月7日(土)に、冬季展講演会「謎を追え、明治の道づくり〜図面は語る、馬車道・蚕糸・左側通行〜」が行われました。日頃、当館の資料を利用して研究されている、長野県上田建設事務所長の山浦直人氏を講師にお招きしてご講演いただきました。建築・土木学を専門とされる山浦氏が、当館が所蔵する行政文書や測量図をもとに、明治時代の建築・土木技術を歴史的な観点もまじえ説き明かしていただきました。当日は150名を超えるたくさんの聴講者がお見えになり、山浦氏のお話を聞いて、目から鱗状態となりました。 当館には明治から昭和にかけての長野県の建築・土木関係の資料も豊富にあります。是非ともご活用下さい。(原)

冬季展講演会が行われました
冬季展講演会が行われました
[ 2012-01-11 ]

お宝紹介 その2

お知らせ

お宝紹介、その第2弾として、今回は塩尻市吉田川西遺跡出土の緑釉陶器を紹介しましょう。平安時代のお墓の穴から、椀が2個、皿が4枚、箸置きに使われたと考えられる耳皿が1枚が見つかりました。これだけの緑釉陶器が出土したお墓は、平安京でもありません。平安時代には、儀式で使用するお椀は身分によって材質が決められていました。天皇が金の器、上級貴族(参議以上)が朱漆椀、中級貴族(五位以上)が緑釉陶器を用いると決まっており、地方で緑釉陶器と一緒に葬られた人物は身分の高い人であったと考えられます。

冬季展で、これら深い緑色の器をご覧いただき、いにしえの高貴な方の思いに触れてみませんか。(原)

お宝紹介 その2
[ 2011-12-28 ]

お宝紹介 その1

お知らせ

12月10日(土)から冬季展“郷土のお宝「重文・県宝」を見よう”が開催されます。それに先立ち、冬季展で展示されるお宝達のほんの一部をご紹介しましょう。第1弾として鳥羽院庁下文〈とばいんのちょうくだしぶみ〉を。

この文書には平安時代の天養2年(1145)7月9日の日付が記入され、年代等が記された県内最古の古文書です。専制的な権力を握り院政を行った鳥羽上皇〈とばじょうこう〉の命により、院庁とよばれるいわゆるお役所が、信濃国小川庄〈おがわのしょう〉を管理する役職である公文〈くもん〉などに小川庄をめぐる裁判の判決を下したものです。右上に「院庁下」と大きく書かれていることからその権力の大きさを感じ取ることができます。日付の下および左側には、この文書の作成に関わった院司(役人)の名前と花押〈かおう〉(サイン)が記されています。平氏勢力が小川庄ではたらいた横暴を止めるように命じており、信濃国でも武士勢力が勢力を伸ばしつつあったことがわかります。(福島)

お宝紹介 その1
[ 2011-11-17 ]

それぞれの秋

お知らせ

いよいよ11月となり、実りの秋本番ですね。3日の文化の日に歴史館のある科野の里歴史公園で、「森将軍塚まつり」が行われました。まつりに合わせ、当館では観覧料無料とし、まが玉作り・バックヤード見学等のイベントを行いました。1800名を超える皆様に楽しいひとときを過ごしていただきました。また、6日(日)には、信州大学主催による教員免許状更新の講習会が当館で行われ、40名を超える先生方がお見えになりました。講習会では当館の収蔵庫の見学の他、グループ毎に歴史館を利用した授業のワークシートを作成しました。歴史館には教科書等に掲載されているモノがあります。それらのモノを活かした、生きた授業ができれば面白いですね。(岩下)

それぞれの秋
上手にできるかな?(森将軍塚まつりにて)
それぞれの秋
本物の手触り(教員免許状更新講習会にて)
[ 2011-11-08 ]

上毛の遺跡・博物館を訪ねる

イベント

去る10月22日(土)に第5回考古学講座バスツアーが行われ、群馬県の遺跡と博物館を探訪してきました。当日はあいにくの雨模様でしたが、35名の方が参加され、多胡碑記念館・観音塚考古資料館・かみつけの里博物館・保渡田古墳群・群馬県立歴史博物館や、わが国の旧石器時代研究の端緒となった岩宿遺跡などを見学してきました。参加された方々は熱心に見学され、帰館時間が遅くなってしまいましたが、とても充実した1日となりました。(中村)

上毛の遺跡・博物館を訪ねる
上毛の遺跡・博物館を訪ねる
[ 2011-10-26 ]

ちょっとだけよ 最終回

お知らせ

秋季企画展も余すところ4ウィークス、未だご覧頂いてない方はお早めにお急ぎお越し下さいませ。

 さて、秋季企画展“ちょっとだけよ”シリーズ最終回は、パワースポットの登場ダーイ。丸山晩霞が描いた「戸隠神社奥社参道」(丸山晩霞記念館蔵)に漂う”気”が凄エ〜んだ(現地よりも強い???しっかりカラダで比べてみてくラッセ)。吉永小百合が籠もった杉の祠もワーカッカな〜? 今でも鬱蒼と木々が生い茂る戸隠神社奥社参道、晩霞が描いた百年ほど前の杉並木、戸隠は天の岩戸の昔から神仏の霊域だからヨー、摩ッ訶不思議な悠久の歴史ッテ~のが流れてんだナ~。

 毎週日曜日にギャラリートークをやっていますぅ。お待ちしてま〜ス (牧野内)

ちょっとだけよ 最終回
[ 2011-10-20 ]

ちょっとだけよ その6

お知らせ

一段と秋めいてきましたね。高い山の上は、木々の葉が色づいたでしょう。紅葉といえば上高地の紅葉は素晴らしいことでしょう。今回は展示資料の中から、中沢弘光作「上高地大正池」(昭和7年 国立公園協会蔵)という風景画をご覧いただきます。大正池は大正4年、焼岳の噴火によって梓川がせき止められてできました。この絵は大正池から穂高連峰を望んだものです。現在の大正池と比べると多量の枯木が林立していたことがわかります。上高地は昭和3年に芥川龍之介が上高地・河童橋を題材とした小説『河童』を発表し、一躍有名になりました。昭和10年頃には、すでに上高地に登山客・観光客が年間約5万人も訪れたそうです。こうして上高地は、軽井沢と並ぶ一大観光地・避暑地となっていたのです。(青木)

ちょっとだけよ その6
[ 2011-10-08 ]

ちょっとだけよ その5

お知らせ

秋季企画展がスタートして、ほぼ1週間が過ぎました。たくさんのお客様がお見えになり、一瞬、美術館に来たのかと勘違いされる方もおられるようです。さて、今回も展示資料のほんの一部をお見せしましょう。「長野電鉄沿線温泉名所案内」(昭和5年 長野電鉄株式会社発行 当館蔵)です。この鳥瞰図は吉田初三郎が描いています。屋代駅・長野駅から木島駅・湯田中駅までの長野電鉄の路線が描かれ、その沿線に所在する旧所名跡や温泉・スキー場などの観光地が記されています。長野電鉄社長の神津藤平は平穏温泉(現湯田中温泉郷)・志賀高原の開発に力を入れました。この図でもそれらは大きく取り上げられています。湯田中駅の裏に山内劇場、今の平和観音の近くに長野電鉄の遊園地、上林温泉の横湯川沿いにジャンプ台…  ぜひお越しいただき、こんなのあった?と新たな発見をしてみませんか。(原)

ちょっとだけよ その5
[ 2011-09-29 ]

ちょっとだけよ その4

お知らせ

いよいよ、明日、秋季企画展がスタートします。今回は趣をガラッと変えて、江戸時代末に描かれた浮世絵版画から。渓斎英泉(けいさいえいせん)作「木曽街道塩尻嶺諏訪ノ湖水眺望」(天保年間 木曽路美術館蔵)という作品です。塩尻峠から諏訪湖を見下ろした構図です。遥か彼方には高島城・八ヶ岳・南アルプスさらには富士山の雄姿まで見えています。全面結氷した諏訪湖には「御神渡り(おみわたり)」のようすも描かれています。昔の旅人は冬季限定で、岡谷から諏訪まで、とっても早く行くことができたんですねぇ。落ちたら大変ですが…(^_^;) (福島)

ちょっとだけよ その4
[ 2011-09-22 ]

ちょっとだけよ その3

お知らせ

今回は、艶っぽい木版画をお見せします。どこの温泉だろう?こんな露天風呂、今でもあるのか?と思いを巡らせている方もおられるでしょう。この絵の「野風呂」(当時は露天風呂ではなく、こう呼ばれていた)は白骨温泉にあったのです。笠松紫浪(かさまつしろう)作「信州白骨温泉」(昭和10年 長野県信濃美術館蔵)という作品です。渓流の断崖にせり出すように据えられた湯船、さぞかし素晴らしい景色を目の当たりにできたことでしょう。こんな露天風呂に(妙齢の方と一緒に)入りたいと思っている貴方!残念ながら今はもうありません。この絵は白骨温泉や長野県の温泉を紹介するパンフレットに使われ、長野県の温泉地を代表する景観でした。 秋季企画展でこの絵を見て、温泉気分に浸りませんか? (岩下) 

ちょっとだけよ その3
[ 2011-09-18 ]

ちょっとだけよ その2

お知らせ

台風12号が去って心地よい晴天が続き、いよいよ秋季企画展の開催が迫ってきました。今日はその中身をちょっとだけお見せしちゃおうかナ… 昭和9年吉田初三郎作の「軽井沢町鳥瞰図」だヨーン。軽井沢から草津温泉まで通じていた軽便鉄道、皇族方の別荘、雲場の池のほとりにあったホテル…軽井沢は昭和の初めから大避暑地だったのサ。英語も書いてあるってーことは、外国人も来てたんだナ。白根山まで描いてあるけど軽井沢から見えたっケ? 23日からの秋季企画展でよーく確かめてください。 お待ちしてまーす。(牧野内)

ちょっとだけよ その2
[ 2011-09-11 ]

なーのちゃん、あらわる!

お知らせ

先日、信毎こども新聞(信濃毎日新聞社)のキャラクター“なーのちゃん”が当館に来館しました。ご覧になった方もおられるかと思いますが、8月27日(土)付のこども新聞に“なーのちゃん”が歴史館で活躍する姿が掲載されています。こども新聞に投稿された川柳にあわせて、“なーのちゃん”がポーズをとっています。取材当日、“なーのちゃん”は竪穴住居でくつろぎ、小学校の先生になったりと、歴史館で楽しいひと時を過ごしたようです。みなさんも歴史館で楽しいひと時を過ごしてみませんか。(牧野内)

なーのちゃん、あらわる!
なーのちゃん、あらわる!
[ 2011-09-02 ]

ちょっとだけよ その1

お知らせ

夏季企画展開催中ですが、9月23日(金)から開催される秋季企画展に展示される資料を開催に先立ち、ちょっとだけみなさんにお見せいたします。

秋季企画展は「観光地の描き方〜浮世絵版画から観光パンフレットまで〜」をテーマに、江戸時代末から昭和戦前までに描かれた信州の観光地にまつわる美しい絵画等をご紹介いたします。そこで、今回は当館所蔵の吉田初三郎作の「長野県の温泉と名勝」(昭和7年)という鳥瞰図のほんの一部をご紹介します。(青木)

ちょっとだけよ その1
[ 2011-08-27 ]
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