日清・日露戦争従軍日誌関係資料

詳細情報
資料No G-86
カテゴリー
資料内容 山口袈裟治氏の日清・日露従軍日誌
解題

 この資料群は、平成25年(2013年)9月12日、従軍日誌の筆者山口袈裟治氏の孫、山口忠良氏から寄贈された。また、寄贈申し出は、それに先立つ7月30日、山口袈裟治氏の曾孫で、『山口袈裟治 日清・日露従軍日誌』の著者である宮本美津枝氏によって行われた。

 山口袈裟治氏は、明治6年(1873年)長野県戸隠村生まれ。6歳の時に、鬼無里村の山口家に養子に入った。農業に従事、20歳で日清戦争に工兵として従軍、遼東半島および台湾での戦闘に従軍した。一旦除隊後、30歳で再び日露戦争に工兵として従軍した。この褒賞として勲八等白色桐葉章(G-86/3/3)を受けた。除隊後は、鬼無里で農業を営み、昭和40年(1965年)死去(92歳)。

 『日清戦争従軍日誌』(G-86/1)は、明治26年(1893年)の入隊経緯から書き起こされ、日誌としては明治27年(1894年)11月3日までの日々の記録が、ほぼ一日も欠くことなく記されている。著者は、工兵第一大隊に所属し、遼東半島での戦闘に参加し、帰国したのち、台湾守備隊としてさらに戦闘に参加した。従軍時に記録したメモをのちに浄書したものであるが、記述は詳細で正確である。行軍の中で、毎日丁寧に記録を付けていたことがうかがわれる。明治28年(1895年)3月4日の記事では、「日誌を書いている最中に事件が起き、執筆を中断する」という記述がある。帰国後に、さまざまな資料を引用しながら、記憶をたどって日誌を作成したという性格のものではなく、史料価値は非常に高い。

 『日露戦争従軍日誌』(G-86/2)は、冒頭に日誌を残す動機を記した自序がある。明治39年(1906年)2月10日の日付があり、この日誌が日露戦争終了直後に執筆されたことがわかる。近衛師団工兵第一大隊に所属し、遼東半島での軍事作戦に従軍した。日誌としては、明治37年(1904年)から明治39年(1904年)5月13日までの毎日の行動が記録されている。『日清戦争従軍日誌』同様に、現地で記録したものを持ち帰り浄書したものであるが、『日清戦争従軍日誌』とは、性格が大きく異なっている。自序で、日露戦争に対する私見を明確に述べ、文中随所に帰国後に入手した情報を加筆している。

 『日清戦争従軍日誌』が、従軍時に作成した日誌を浄書した、極めて私的な作品だったのに対し、『日露戦争従軍日誌』は、「後の世の記念に記し遺す」(自序)と述べるように、後世の読者を意識し、客観性を兼ね備えた従軍日誌でありたいという意向が強く働いていたと思われる。日清戦争への従軍、さらに日誌作成という体験が、著者の人生観に大きな影響を与えたということであろう。この点は、『日清戦争従軍日誌』、『日露戦争従軍日誌』を、詳細に比較検討することで明らかになろう。

登録年度 2025
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